ノスタルジック中華の研究  第9回

“東銀座で町中華をさがす”の巻 前編

 
下関マグロ
(第17号で「散歩の途中に見かけた書店で」を執筆)
 
 
 
 
 
他人から聞いた飲食店の名前は、けっこう自分の中に残っている。北尾トロと知り合ったころ、彼から時計台というラーメン屋で大学の後輩の女子が大盛りのジャンボラーメンを食べたという話を聞いた。まだ東京のことがよくわからなかったけれど、時計台という名前だけは残った。

あるとき、新宿を歩いていると「味の時計台」というラーメン店を見つけた。ああ、ここか。そう思って味噌ラーメンを食べた。そし北尾トロに「この前キミが話してた、時計台だっけ。新宿で見つけたので行ったよ」と話したら「違うよ、銀座だよ」と言われた。そうなのか、銀座にも時計台というのがあるんだな。機会があれば行ってみようと思った。これが80年代半ばのことだ。しかし、その後、銀座の時計台へ行く機会はなかった。

そして、2007年8月30日、オールアバウトの記事を書くために東銀座を散歩していた。若いオールアバウトのプロデューサー、Eくんといっしょだったのだが、そのとき歩いたのが、三原小路。僕は、古めかしい、「中華三原」へ行きたいと思ったのだが、Eくんはその奥にある「銀座時計台」へ行こうと言った。あー、ここは、昔、北尾トロが言っていた店だ。その時の記事はこんなかんじで書いている。

建て替えられる歌舞伎座の姿を見に銀座へ [散歩] All About
http://allabout.co.jp/gm/gc/214828/3/

話がややこしくなるので、北尾トロのことは書いていないが、これが時計台かぁと感慨深くラーメンをすすった。その後、銀座時計台は閉店してしまった。

食べログのいいところは、閉店した店も閉店として残しておいてくれることだ。

【閉店】時計台 (とけいだい) – 銀座/ラーメン [食べログ]
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13002576/

こちらを見ると、2008年の11月末に閉店したようだ。ともあれ、閉店前に行けてよかった。在りし日の銀座時計台はこちら。
 
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とはいえ、自分の中にはずっと行けなかった中華三原のことが残っていた。ぜひ、行きたい、そんな思いが叶いそうな日がやってきた。それが北尾トロとの東銀座町中華めぐりだ。2014年の8月27日のお昼。最初に東銀座駅からすぐの中華三原へ行くことに。創業が1964年、昭和39年というから、東京オリンピックのあった年だ。
あれれ、いつもは行列ができている中華三原だけれど、誰もいない。
 
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よく見ると、こんな張り紙があった。
 
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あちゃちゃ、しばらくお休みかぁ。残念無念。今回は全部で3店舗をピックアップしておいたのだが、あと2店舗。
 
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ウィンズの隣にある共楽さん。1956年、昭和31年創業だ。まあ、予測はしていたけれど、北尾トロは「ここは町中華じゃないね、ラーメン屋だよ」とにべもない。というわけで、こちら。
 
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萬福さん。北尾トロはこちらを町中華であると宣言。大正時代に屋台を始め、昭和4年にこの地に創業したそうだ。僕は中華そばを注文した。北尾トロはポークライスに餃子。
 
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さて、中華そばは、独特なルックス。三角に切られた黄色い玉子焼きがなんともいい。そして、かなりやさしい味の中華そば。今流行のラーメンとは一線を画す。たぶん、今の若い人たちは薄いと思うかもしれないが、戦前の日本人にとってはこれでも十分に脂っこかったのかもしれない。
 
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餃子はかなり個性的。生姜とか入っているのかな。皮は肉厚。癖になるようなかんじかな。
 
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ポークライスを一口もらう。これは旨い。老舗の町中華の中には洋食を扱っているところも多い。これはなぜかといえば、かつては、中華料理も洋食も舶来料理というジャンルだったからだそうだ。日本食以外の外から入っていたものを、舶来料理とひとくくりにされていたらしい。こちらにポークライスがあるのもそんな理由なんだそうだ。

動画はこちら!

ちなみに、この東銀座町中華は、前編。後編は来週!
 
 
 
 
-ヒビレポ 2014年11月29日号-

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