笑いたい読書  第9回

米国人もすなる

木村カナ(レポ編集スタッフ)

 
 
 
 
 
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A.J.ジェイコブズ
『健康男 体にいいこと、全部試しました!』
本間徳子訳
日経BP社、2013年

 
 誰にも選ばれなかったので、候補にすらもなっていないのだが、もしも、わたしが選考委員だったら、第2回「笑う本棚大賞」にぜひとも推したい、とひそかに思っている本。著者がアメリカ人で、翻訳書なのだけれど。なんだけど、すごく『季刊レポ』っぽい、体当たりなオモロおかしいノンフィクションなんですよ、これ! あーあ、アホだなあ、どうしてここまでやっちゃうのかなあこの人、って、読みながらつい笑ってしまう、呆れてしまうくらいに振り切れている。原著の刊行が2012年、訳書が出たのが2013年だから、第2回「笑う本棚大賞」の選考基準もばっちり満たしているのだが。


 
 著者のA.J.ジェイコブズ氏は1968年生まれでニューヨーク在住、雑誌『エスクァイア』の編集者だという。邦訳されている著書が『健康男』以外にも3冊。

 最初に日本語訳された『劇的瞬間の気もち』(宇佐和通訳、筑摩書房)は、極限体験をした人へのインタビュー集で、面白かったけれど、まだ他人の話、ジェイコブズ氏本人の弾けっぷりが日本語で読めるのはその次の本から。コンパクトにまとめられていた『劇的瞬間の気もち』に対して、それ以降の3冊はページ数が激増、やたらと分厚く……。

 まずは『ブリタニカ百科事典』全巻読破プロジェクトの記録『驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!』(黒原敏行訳、文春文庫)。
 書籍の2002年版32巻をいきなり自腹で購入、読みはじめる前にとりあえず床に積み上げて、高さを測ったら125センチあったそうな……で、その百科事典の山をもうとにかく、ひたすら律儀に読んでいったんだってさあ!! Aの最初の項目からZの最後の項目まで、なんと6万5千項目、3万3千ページを!!!
 そういう百科事典読破プロジェクトを敢行しながら、本業をこなしつつ、プライベートも充実させつつ、発行元のブリタニカ本社訪問などの関連する取材も行って、の1年間を記述した、まさに「渾身」のノンフィクションなのだ。
 そのハイライトのひとつが「クイズ・ミリオネラ」への挑戦、みのもんたが司会で「ファイナルアンサー!?」って詰め寄ってくるあの番組、あれの本家版の回答者募集に応募してテレビ出演しちゃったのである。百科事典読みプロジェクトにはたして意味はあったのか!?……その結果は本でお読みいただくとして、この一例からも、ジェイコブズ氏のプロジェクトが、偉業といえば偉業、でもバカバカしいといえばこの上なくバカみたい、それなのにマジでガチで本気なんだって、きっとわかるんじゃないかと思う。

 で、百科事典読みの次のプロジェクトの記録が『聖書男 現代NYで「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記』。
 
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『聖書男』
阪田由美子 訳
阪急コミュニケーションズ

 
 ユダヤ人でありながらも、それまで宗教と距離を置いた生活を送ってきたことは『驚異の百科事典男』の中にも書かれている。付き合いで年中行事に参加する程度だったというのに、これまた一念発起、聖書の記述を忠実に守り、1年間暮らしてみた体験記がこの本だ。
 日本版には、聖書、特に旧約聖書になじみの薄い日本人向けに、豊富で詳細な訳注が付されている。へー、新旧通して熟読したことなんかなかったけど、聖書って、こんなことが書いてあるんだなあ、と変な風に感心してしまった。不条理というか理不尽というか、なんだかもう。
 さらに、大昔に書かれた聖書の文言を、21世紀のアメリカで日常的に実践しようとすると、けっこうな困難にぶつかりまくる。そうした問題に突き当たるたびに、なるべく忠実に再現、を心がけ、自分なりの解釈を施して、教えを守ったことにする著者。その結果、生活を根本から大改造、見た目だって髪もひげものばし、オリジナルな謎の白装束を身にまとって、杖をついて歩く……聖書どころか、信仰心そのものと縁のないわたしから見れば、突飛かつ珍妙、聖書にこう書いてあるからって説明されても、ただただクレイジーとしか思えない。書いている本人もいろいろと大変だったみたいだけど、このとき、第一子を子育て中で、加えて双子を妊娠・出産したという妻のジュリーさんのご苦労はさぞや。

 そしてようやく『健康男』。百科事典プロジェクトでは頭、聖書プロジェクトでは心に取り組んだ、その次には自己改造の最終段階として、体に取り組む決心をしたんですってよ。メタボなぷっくりお腹の写真がプロローグにある。それがいわば使用前、表紙の写真は使用後。健康プロジェクトの成果のフル装備、ストレス軽減、正しい食事と水分補給、有害物質対策、適度な運動と筋トレ、などなど。頭のてっぺんから足の先まで、表面から内臓まで、各パーツごとの健康法をくまなくフルスロットルでお試しした2年間の記録である。
 なお、デスクワークでずっと座りっぱなしは不健康!ってことで、この本の原稿は自作したトレッドミル・デスクで書かれたという……エクササイズしながら仕事もできて、ますます健康に? なんじゃそりゃ。しかし、百科事典と聖書に比べると、健康ははるかに身近で切実な問題なので、本書の内容は前の2冊よりもしっかり身にしみた。実際、本書の訳者も訳出を進めながらいても立ってもいられなくなり、一本歯の下駄を履いて足踏みしつつ、キッチンで作業、という立ちっぱなし仕事法を編み出すに至ったそうだ。訳者あとがきにはその様子の写真が掲載されている。運動不足の解消だけでなく、仕事の能率もアップしました!ってな訳者の晴れやかな笑顔が日本版でのダメ押しのオチになってたりする。

 日常をより極端にした非日常にして暮らしてみるという挑戦、3つの自己改造プロジェクトに体当たりしたジェイコブズ氏の三部作。極端だからこそ、そして、主観的だからこそ、面白いんだと思う。勢いこそやみくもだけれど、綿密なリサーチに裏打ちされていて、文中で紹介されている、取材の結果で得た情報も、ことごとく興味深かったりする。かつ、著者のアラフォー個人史もたっぷりと盛り込まれていたりするからね。そのあたりは私小説ならぬ私ノンフィクションとでも命名したいくらい。分厚いだけじゃない、体験談だけじゃない、とにかく読みごたえ十分で、面白いのです。

 海の向こうのアメリカにも、かなりレポっぽいオモロおかしいノンフィクションの書き手がいて、しかもその本がベストセラーになっている、っていうのはけっこういい話だと思うんだけどなあ……なぜ日本ではA.J.ジェイコブズの「〜男」プロジェクトができないのか? もちろんそのまんま真似したってしょうがないんだけどさあ。
 
 

-ヒビレポ 2014年11月27日号-

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