ハルヒマヒネマ 最終回

『ファイ 悪魔に育てられた少年』/『サード・パーソン』/『悪童日記』

来週の今日はもう来年……。

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 
『ファイ 悪魔に育てられた少年』2013 韓国
D/W:チャン・ジュナン A:ヨ・ジング/キム・ユンソク/チョ・ジヌン

韓国の俳優さんの名前を全く覚えられないのだが、キム・ユンソクは「ぼんくら警察」(ハルヒ内邦題)『チェイサー』でみた。なんともいえない、世の中イヤそ〜うな顔をした人で、でも、韓国映画はボーギャルソンよりも、こういう、なんともいえない顔の俳優がいいと思う。そりゃあ、ハルヒは顔のいい男の方が好きだけれども、顔のいい男は結局顔のいい男の役が一番にあう。顔のいい男とか美人とかが、普通のうだつのあがらないひとをやってると、あーこれは、お芝居だから、ほんとはこんなところにまでつきあう義理はないんだこのひとたちは、と、つい頭の片隅で考えてしまう。
ハルヒが日本の俳優を見慣れてしまっているからよけいな情報を持ちすぎなんだろうが、キム・ユンソクみたいな顔って、何にも言葉を発しなくても、背景を聞かされなくても、顔に物語が描かれているようだ。すれ違っただけでも、一本映画をみたような、そんな顔だと思う。
お芝居がうまいとかそういうのはハルヒよくわからないのだが、ハルヒに画力があれば、なるだけ、そういう顔をかきたいなとおもうのだった。

ファイは、普通の男の子だったら、高校生なのだけど、本人の意思とは関係なく普通じゃなく育ってしまった。子供のときに5人の犯罪者集団に誘拐されて、そのままその5人に育てられてるのだ。高校生の歳まで。5人の男たちは彼に犯罪英才教育をしてきた。平気で人も殺せる。
なんかまた殺伐とした痛い話になるんだろうかと、ひるみはじめたところで、ファイが彼らを「パパ」とよんだ。
5人全員がパパ!!
そんな話、ハルヒが大好きに決まってるじゃないか!
ファイをとことん悪の道に引込もうとするパパもいれば、やさしく警察を撒く運転を教えてくれるパパ、おこづかいやたらくれるパパ、ファイの絵の才能をのばしてやりたいと海外美大への留学を考えてくれてるパパ、やんちゃな男兄弟みたいなパパ。
ファイの家にはその5人のパパと、一人の辛気くさい女の人がいる。最初はファイの母親なのかと思ったのだが、回想でファイが誘拐されてきたときには、もう、その女の人は家にいた。それも脚を鎖に繋がれて。
今、その女の人は鎖につながれてはいないが、脚の親指を切られてしまってうまく歩けない。というか、もう、5人のもとから逃げようなんて気力もなくしてしまってるようだ。
かわいそうなファイがいるからかもしれない。いや、そこが、彼女の「家」だからだろう。彼らが彼女の家族だからだろう。
犯罪者の巣窟ではあるけれど、帰る家であって、そこに家族がいる。幸せを感じられる時間がある。
これはホームドラマだ。
愛情がずいぶん迷惑でいびつだけれど。人もいっぱい死ぬけれども。すべてが憎しみに打ち消されても、ホームドラマなのだった。
家族というのは、枷だというのは、平和で幸せなハルヒでさえずっと感じていることだ。家族というのは、自分がどこへも行かない理由で、自分をつなぎとめる理由だ。自分にとっての。
それは決して、どこにも行っちゃいけない、捨ててはいけない、というものではない。
非情を自分で引き受ければ、いつでもその枷を外して駆け出せる。
でも、家族に対して非情になれないのがにんげんなんだろうなあ。
ハルヒは非情にはなれないのに、ずいぶん薄情だ。家族にも友達にも。
 

 
             ●
 
『サード・パーソン』 2013 イギリス/アメリカ/ドイツ/ベルギー
D/W: ポール・ハギス A:リーアム・ニーソン/ミラ・クニス/エイドリアン・ブロディ

奇妙な映画だった。うーん、その奇妙さを言ってしまうと、ハルヒみたいにたまたま何も知らずにみることができた、途中、途中のあれ?を楽しめないかもしれないから、これが『クラッシュ』のポール・ハギスの脚本で監督作なのだということで、あ、見てみようと思ったのなら、このメモは読まないほうがいいと思うよ。
すごいどんでん返しがあるとか、なんかそういうひっくり返り方ではない、そんな派手なんじゃないけど。じわーっと謎というか違和感が一気に集まってくる感じのラスト。
このいくつかの別々の場所で起こっていること、別々のドラマがじわーっとっていうのが、出来過ぎになっちゃうと、集めるために散らしたみたいになっちゃうと、てんで台無しなところ、『クラッシュ』でも、そうだったけど、ほんとにじわーっとドラマが集まってきて、出会う。人を空から見てると、こんな感じなのかと。
今回は、同じ時間軸で同時多発のドラマが出会うというのとはちょっとちがう。

             ○

パリとニューヨークとローマ、距離的には接点のなさそうな3つの場所のドラマにスポットが当たる。パリでは作家リーアム・ニーソンが若い作家志望の彼女と逢引きしている。(彼女、あちこち角ばっててつり目で好きな顔だ)ニューヨークでは、育児疲れで一人息子に手をかけ、そうになった疑いで母親の資格を失った女性が、更生し、子供との面会権利を獲得しようと必死だけど、うまくやれない。ミラ・クニス。おもちゃのような顔。どこかでこの強烈な顔に見入ったなあと思ったら『ブラックスワン』だった。彼女のタイミングの悪い人生は、見ててハルヒも胸が痛い。うまくいかないんだよ、ほんと。うまくやる気はあるのに。ローマではアメリカ人のエイドリアン・ブロディがロマの女性と出会い、お金を渡さなければ娘と会えない彼女を助けようとやばい感じに巻き込まれていく。
最初に、あれっと思ったのは、エイドリアン・ブロディが初めて会った女性に「子供は?」と聞いたから。そのあと、ニューヨークで弁護士にも見捨てられ泣き崩れてるミラ・クニスも、自分に優しく声をかけてくれた女性に「子供は?」と聞いた。いきなり恋人は?ではなく、結婚してる?ではなく、子供は?って不思議だ。そして、それぞれのエピソードで主人公は子供を失っている。
全く繋がりのないドラマが、それぞれの主人公のエピソードのところどころの奇妙な一致で繋がっているのも不思議だ。その不思議が時間や距離まで越えてくる。
ニューヨークのミラが途方にくれる羽目になるのも、ホテルの清掃中に部屋に忘れた大事なメモがなくなったからで、その部屋が、パリのリーアム・ニーソンの部屋で起こっていること繋がっている、あれ?と狐につままれた思い。
ああ、なるほど。
つまり、これは、「最後に別々のドラマが一つに出会うためにバラバラにされた」ドラマ、を逆手に取ったような物語で、つまりつまり、3つのドラマは同じ物語だということなのだ。同じ物語が3つの時間、3つの場所、3人の男、3人の女、3組の夫婦、親子、で描かれる。描きなおされている。
主人公は小説家だ。彼はある事件以降、もう同じことしか書けなくなっている。それを書くことが彼が小説を書く理由になっている。彼は自分を赦し続け、夫として父親として拒絶され続け、子供を愛し続けている。それも拒絶されることを望んでいる。だれかに赦されることが望みの懺悔ではなく、懺悔することが彼の創作になっている。
見ててね。なのに、目を離した。それが彼の後悔。絶対に誰からも許されてはならない彼の罪。
それは、ハルヒ、なんかわかるなあ。ハルヒも、ずーっとえんえんただただ同じことを描いているきがするもの。

(そうおもうと、エイドリアン・ブロディとロマの母親のドラマの、なんだか納得いかない感じも納得できる。ラブ・サスペンスを書こうとして、失敗したんだな)

ところで、ハルヒはハギス脚本の『ミリオンダラー・ベイビー』がなんで感動ドラマ扱いなのかさっぱりわからない。おそろしいエゴの物語だよね?あれは悪趣味映画の部類だと思う。
 
             ●
 
『悪童日記』 2014 ドイツ/ハンガリー
D:ヤーノシュ・サース W:ンドラーシュ・セケール/ヤーノシュ・サース A: アンドラーシュ・ジェーマント/ラースロー・ジェーマント

アゴタ・クリストフの『悪童日記』を読んだのが、もう30年近く大昔だったと思うと恐ろしいが、絵のない、文字を追うのみの行為で、あれほど衝撃を受けた本は、未だない気がする。というかハルヒ本自体読めないから、あっても出会う幸運はほとんどない。
続編『二人の証拠』『第三の嘘』と、これは3部作通してもまた打ちのめされる経験だったが、やっぱり最初の『悪童日記』の奇妙な高揚感は忘れられない。とかなんとか、書いてみたが、実はハルヒ、主人公が双子であること以外、もはや何も覚えていなかった。
何も覚えていないのに、奇妙な高揚感が忘れられないというのはほんとうで、映画になった話を聞いて、最初に思ったのは、1作目はともかく、2作目、3作目を思えば、3作とも、映像化してしまっては台無しなのでは、ということ。それはなぜか強く思った。
というのも、多分昔、本を読みながら『悪童日記』→映画で見たい!『二人の証拠』これも映画で見てる気になって読んだ。『第三の嘘』ああ!だめだ!映画にしちゃ!と思ったから。
目で文字を追い、文字の後に頭の中に映像がついてくるのと、映像でみせられるのとでは、全然違う。そう思ったことだけは、残っていたのだ、ハルヒの中に。
それでも、この一作目の『悪童日記』のみ、映画としてみてもおもしろかった。おもしろさは、まずもう双子の容姿に尽きる。なんとも悪い顔をした男の子たちだ。この物語の中で彼らには名前がなく、彼らは「僕たち」で「おまえたち」で「あんたたち」。住んでいる場所も国も時代も、全てに名はなく、でも、とても具体的で、二人が見たことに徹している。それが書き綴られた日記。二人を置き去りにした母親、行方不明だった父親、二人を育てた魔女と呼ばれるばあさん、誰もが死んで、二人きりになった彼らが最後にどうするのか。
映画でも、30年前に読んだ本のラストとおなじく、ハルヒはさびしく取り残された。
あーそうだった。これだこれだ。
だから、本をまだ読んでいないでこの映画を見た人は、すぐにつづけて3作読むといいと思う。
ハルヒも、とにかく、今は本を読み返したい。なんで、3部まで読んで、映画にしちゃダメだと思ったのか、確認しないと。
 
             ●
 
さて、冬コミで、ハルヒとゆーかやまだないと、はじめて同人誌で漫画を描きました。
漫画家のえすとえむ、竹内佐千子、やまだないと、の3人で作った本です。
「est em・竹内佐イ子・ヤマダナイト合同サークル・トランスサイダー」『TRANCE CIDER VOL.1』28日東3ホールA69b、VOSTOKスペースにて頒布。後日通販も準備中です。
https://twitter.com/trancecider

そいから、もう一冊、これは、舞台評論というか「イケメン俳優」と呼ばれる若手俳優の舞台作品をあれこれ語り合ってるファンジンです。
同じく28日西1ホールや02b TERMINALスペースで『PORCh』vol.6頒布です。
ユリイカの特集「イケメン・スタディーズ」の補講編座談会とかやってます。
https://twitter.com/terminal_porch
 
             ●
 
遅刻欠勤だらけのお当番でしたが、今日が最後の当番日でした。
季刊レポも来年終わってしまうし、あー、でも、参加できてたのしかった!!
では、また。

 
 
 
 
ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://bookman.co.jp/serial-novel/boyslife/boyslife/

 
 
 
-ヒビレポ 2014年12月26日号-

Share on Facebook