今朝はボニー・バック 第54回

bonnie

風が吹けばトミー・ジョン手術が増える

 
ボニー・アイドル
(第18号で「キミは知っているかい ババヘラアイスを」執筆)

 
 
 
アレ、ねえなあ。たしかに撮ったはずなんだけど。消しちゃったっけなあ。
ぶつぶつ独り言を言いながら、小一時間ばかりPCの画像フォルダやスマホのデータをさらったものの、とうとう見つけることができなかった。探すのを諦めて原稿を書くことにする。
ぼくが探してたのは、一枚の画像データだ。スマホかコンパクトデジカメのどっちを使ったのかは覚えていないけど、撮影したのはたしか去年の夏前。
写っている被写体は、一枚のご婦人用パンツ。いわゆるパンティーである。色はたしか黒。

ぼくは去年5月から、三鷹市某所のボロアパートの1階に住んでいる。築40年ぐらいで、木目のドアは錆びて粉を吹いているものの、見た目の悪さを気にしなければ、不便なのは3つあるどの最寄り駅までもちょっと遠いのと、スーパーやコンビニが近くにないってことくらい。6畳と4.5畳の2Kに風呂トイレ別というスペックを考えると、家賃5.5万円は安い。
で、このアパートのベランダにはどういう理由か、お隣とお隣の間に塀や柵といったものが一切ない。つまり、4棟ある1階のベランダぐるり一周、セキュリティ上は出入り自由なのだ。さすがに不法侵入になるのでぼくはひとンちのベランダに入ったことはないが、時々、隣に住んでいる母子家庭の子どもがベランダ一周を使って追いかけっこをしている物音が聞こえてくる。
ぼくは秋田の田舎育ちで、小さい頃ひとンちの庭で遊ぶことなんかしょっちゅうだったので、隣ンちの子どもがベランダで遊ぶくらいは目をつぶるし、犯罪さえ起きなければ別にこのままでもいいと思っている。
そんな中、唯一対処に困っているのが、お隣や2階から風に舞って流されてくる洗濯物の扱いだ。


 
隣ンちとの間に塀や柵がないため、風が強い日にはベランダに自分以外のTシャツやトランクス、靴下、ハンガーなどが落ちていることがちょいちょいあるのだ。
こういった、風に吹かれてやってきた他人の洗濯物をどう扱えばいいか。その方法をぼくはお隣さんから無言の親切で教えてもらった。
ある日、仕事から帰ってくると、今朝ベランダに干したはずのTシャツがアパートの階段の手すりに掛けられていたことがあった。お隣さんが自分ンちのベランダに落ちていたのを拾ってくれたのだろう。
なるほど。こうしておけば一応、アパートの住民全員の目に触れることになるので自ら持ち主を探さなくてもいいし、顔を合わさなくてもいい。洗濯物というデリケートな落とし物には最適な届け方かもしれない。以来、ぼくもこの方法を真似、ベランダで他人の洗濯物を拾ったときには階段の手すりに掛けておくようにしていた。

しかし、世の中にはどの方法で届けても拾った時点で角が立つ洗濯物が存在する。女性モノの下着である。
引っ越し来て以来、ぼくンちのベランダにはしょっちゅう上の住民からこのブツが降ってくるのだ。冒頭の撮ったはずの写真というのはこのパンツのことで、どう扱っていいかかなり悩み、そのついでに撮影しておいたと記憶している。
ちなみに、ぼくの真上の住民というのは40代後半の夫婦で、落とし物と所有者を照らし合わせてみての感想は、(あの奥さんがこんなに小さいパンツを……)といったところ。このまま観賞用、お楽しみ用にガメてしまおうなんて不埒な考えを微塵も起こさせない、そんな奥さんである。

さて。これが落としたのも拾ったのも女性同士ならそれほど難易度の高いミッションではないと思うが、男性から女性に使用済みパンツを届けるというのはかなり厄介だ。
まさか、先ほどのTシャツのように、衆人の目に触れる階段の手すりに掛けておくわけにはいかない。刑務所帰りの夫を待っているわけじゃないし。R.I.P.健さん。
とはいえ、直接家を訪ねて「このパンツ、あなたのですよね」というのも違うような気がする。同じアパートに住んでいるとはいえ、赤の他人にパンツを触られたというのは気持ち悪いだろうし。逆に、変に気に入られて同じアパートの住民以上の関係に発展するのも困る。また、その場合はパンツを生で素手で持っていくのか、ゴディバの袋なんかに入れてラッピングして持っていくのかも問題だ。

こんなことでうじうじ悩んでたら、だんだん腹が立ってきた。
なんで、親切心から人助けしようとしているのにこんなに気を使わなきゃいけないんだ。パンツをひとンちの庭に落としたのはそっちだろうが!
結局、ぼくが取った方法は、二階に向けてパンツを思いっきりぶん投げ、ベランダの洗濯物干しにひっかけるというもの。
しかし、洗い立てのパンツというのは握っている時点では湿り気を帯びて丸まっていても、空中に放り投げた途端、ふわっと落下傘の広がってしまう特性がある。なかなか二階のベランダまで届かなかった。
何球放っただろうか。そろそろ肘・肩が悲鳴を上げ始めている。リメンバー伊藤智仁。
(この一球で決めなければトミー・ジョン手術は決定的だな)
「えいやッ」と放り投げたパンツは、風に乗ってぱさっと二階の洗濯物干しに引っかかった。
正しいパンツの届け方——答えは風に吹かれている。
 

 
 
 
-ヒビレポ 2015年1月13日号-

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