出版業界今昔モノ語り 第5回

shinbo
 
 
新保信長(「乱筆乱文にて失礼いたします。」連載中)
 
 
 
 
 

気がつけば編集・ライター生活も世紀をまたいで28年。
その間、テクノロジーは大きく進化し、
仕事で使う道具や仕事の進め方もずいぶん様変わりしてきた。
この連載では、そんな出版業界の仕事環境の変遷を、
道具=モノを軸に振り返ってみたい。

 

【その5】ポケベル
 
 ポケベルといえば裕木奈江である。 
 1993年に放映されたドラマ『ポケベルが鳴らなくて』で、妻子あるサラリーマン(緒形拳)と不倫する若い娘の役を演じた。タイトルからもわかるとおり、このドラマでは2人の連絡手段としてポケベルが印象的に使われているのだ。
 とかいって、実は一度も見たことないのだが、大ヒットした主題歌は覚えてる。〈ポケベルが鳴らなくて/恋が待ちぼうけしている/私の方から連絡できない/現実より愛している〉という不倫のせつなさを表現した歌詞は、秋元康作詞。というか、ドラマ自体の企画からして秋元康なのだった。
 この時期にポケベルをこんなふうに使ったドラマを企画する秋元康は、さすが機を見るに敏というしかない。1993年は、いわゆるコギャル(女子高生)ブーム全盛で、ソニープラザが大繁盛、ブルセラショップなんかも流行した。ドラマ『高校教師』が話題を呼んだのもこの年だ。雑誌『マルコポーロ』(文藝春秋/現在は休刊)の同年8月号は「あやしい、女子高生」と銘打った特集を組んでおり、そのなかに次のような記述がある。

〈「いったい、昨年の秋ごろ何があったのか、女子高生に聞いてみたいくらいです。ホントに、急に売れはじめたんですよ」
 NTTDoCoMo総務部広報の堤かおりさんが目を丸くする。急に売れはじめたというのはポケットベル〉

 そう、この当時、口紅・名刺と合わせて“女子高生の三種の神器”と言われるほど、ポケベルは女子高生の必須アイテムとなっていたのだ。それをいち早くドラマのネタにする秋元康は、やはり慧眼と言うべきだろう(好き嫌いは別にして)。

 
 日本でのポケベルのサービスは1968年に始まっている。最初は呼び出し音が鳴るだけのもので、数字や記号を送信・表示できるようになったのは87年。連絡してほしい電話番号をプッシュホンから入力すれば、それがポケベルに表示された。今でいえば携帯に着歴だけが残るような感じ。NTTドコモの資料によれば、91年には自由文字表示(カタカナ表示のことか?)、96年には漢字表示もできるようになる。初期には12ケタ表示だったディスプレイも、最終的には全角60文字以上表示可能な機種まで発売されたらしい。
 当初は外回りの営業マンなどが会社から持たされるケースがほとんどだった。新聞記者や医者など、緊急時の即応性を求められる職種でも利用されていたと思う。出版業界でも週刊誌の記者・編集者には持たされている人が結構いたようだ。

 私の場合も、94年にSPA!編集部に委託契約で入った際に持たされた。数字だけが表示できるタイプだったと思う。いや、もしかしたらカナも表示できたのかもしれないが、やり方がわからなかった。今調べたら、1→1で「ア」、1→2で「イ」、2→1で「カ」、2→2で「キ」みたいな感じでそれほど複雑ではないようだけど、基本的に自分が呼び出される側だったから、特に必要性もなかったのだ。
 最初のうちはポケベルを持っていると“すごく忙しい人=売れっ子”みたいでちょっとカッコいいと思ったりもした。が、実際に呼び出されると、これがなかなか面倒くさい。だいたいポケベルで呼び出されるのは、入稿に不備があったとか、とんでもない誤植が発覚したとか、シャレにならないクレームが来たとか、とにかく何かよくないことが起こった場合である。ポケベルで呼ばれて連絡したら「あの記事よかったよ」とホメられたとか、「金一封が出てるから取りに来い」と言われた、なんて話は絶対にない。
 その呼び出し音がまた、ものすごく神経に障るのだ。緊急呼び出し用なんだから熟睡してる人も飛び起きるぐらいじゃなきゃってことなんだろうけど、不快な電子音がだんだん大きくなっていく。今の緊急地震速報もビクッとするが、気持ち悪さはアレに近い感じ。夜中に鳴ったりすると、床に叩きつけたくなったものだ。

 なぜ女子高生たちはあんなものを好きこのんで持つのかと思ったが、たぶん彼女らが使っていたような機種は、もっとカワイイ音が出るやつだったんだろう(知らんけど)。用途も緊急呼び出しなんかじゃなく、「0840」で「おはよう」、「724106」で「何してる?」、「428」で「渋谷」、「0906」で「遅れる」、「14106」で「愛してる」など、数字の語呂合わせでメッセージを送り合っていたらしい。
 今のスマホでもそうだけど、彼女らの入力スピードは驚異的で、前述のカナ入力なんかも余裕。公衆電話とかでものすごい勢いでボタンをプッシュする姿は、熟練の職人技のようであった。

 彼女らのおかげで、91年にはビジネスユーザー9割、個人ユーザー1割だったのが、96年にはビジネス3割、個人7割に。同年の女性の新規契約者は10代が64%、20代が30%だから、完全にポケベル=若い女性のツールとなっていたのだ。
 しかし、96年をピークにポケベル利用者は激減していく。総務省の統計によれば、97年末の契約者数は前年比−29.4%、98年末が−47.1%、99年末が−45.0%と、富士急ハイランドの絶叫マシン並みの急降下。原因は、95年のPHSサービス開始、97年の携帯電話のショートメールサービス開始などが挙げられよう。【その4】で述べたとおり、携帯電話自体も95年以降、急速に普及が進んだ。そうなればわざわざポケベルを使う理由はない。

 SPA!編集部でも、みんなが携帯電話を持つようになって、ポケベルは廃止。いつ正式に廃止になったかは記憶にないが、私個人は実質2年ぐらいしか使わなかった。当連載で取り上げたワープロや写植のみならず、レーザーディスクやDATのように、時代の流れとともに消えていったツールはいろいろあるが、ポケベルほど一瞬華々しく輝いたと思った途端に超速で消えたものは珍しいのではないか。
 というか、そもそもピーク時でも普及率8.6%程度だから、限られた時期に限られた種類の人だけが使っていたわけだ。私も週刊誌の仕事をしていたから持たされてはいたが、そうでなければ持たずに済ませた可能性が高い。
 NTTドコモは2007年にサービス終了。一方、東京テレメッセージは現在でも「マジックメール」という名称でサービスを継続しており、災害時などの連絡用として自治体や企業で利用されているらしい。あと、裕木奈江のほうは舞台や海外の映画などにちょこちょこ出演している模様。現在44歳だそうです。
 

【参考サイト】
総務省情報通信統計データベース分野別データ
NTTDoCoMoドコモ通信vol.33
NTTDoCoMoドコモレポートNo.55
 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年1月30日号-

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