出版業界今昔モノ語り 第6回

shinbo
 
 
新保信長(「乱筆乱文にて失礼いたします。」連載中)
 
 
 
 
 

気がつけば編集・ライター生活も世紀をまたいで28年。
その間、テクノロジーは大きく進化し、
仕事で使う道具や仕事の進め方もずいぶん様変わりしてきた。
この連載では、そんな出版業界の仕事環境の変遷を、
道具=モノを軸に振り返ってみたい。

 

【その6】テレコ

 テープレコーダー、略してテレコ。
 日本で初めて発売したのは、やはりソニーだ。1950年、ソニーの前身である東京通信工業がテープコーダー「G型」を発売(当時はテープコーダーと呼んでいたらしい)。オープンリール型で、写真を見るとコピー機ぐらいの大きさがある。価格は16万円。当時の都市勤労世帯の平均月収が1万3000円ぐらいというから、平均的サラリーマンの年収並みの値段だったことになる。
 カセットテープが登場したのは1962年。ソニーではなくフィリップスが開発し、基本特許を公開したため、そのまま標準規格となった。一般人にとってテレコといえば、このカセットテープを使ったレコーダーのことだろう。

 我が家にテレコが来たのは70年代初め、私が小学校に入ったぐらいの頃だった。何に使うつもりだったのか知らないが、新しモノ好きの父親が買ってきたのだ。初めて自分の声を録音して聞いたときの「誰これ?」感は忘れられない。
 そのテレコでテレビのアニメの主題歌とかを録音したりしたが、マイク端子とイヤホン端子をケーブルでつなぐなどという知恵はないので、テレビのスピーカー部分にマイクを近づけて録音するというのが昭和の子供のお約束。中学生の頃にはいわゆるラジカセを買ってもらい、深夜放送を録音したり友達にレコードをダビングしてもらったテープを聴いたりしていた。これもまあ、昭和の中学生なら誰もが経験したに違いない。

 
 そして1979年、テレコ界に革命が起こる。そう、あのウォークマンの1号機が発売されたのだ。カセットテープより二回り大きいぐらいのサイズで簡単に持ち運びでき、ヘッドホンで音楽を聴く。この新しいスタイルが世界中に大ブームを巻き起こしたのはご承知のとおり。
 ただし、最初のウォークマンは小型軽量化のために録音機能を省き、再生だけに特化したものだった。なので正確にはテープ“レコーダー”とは言えない。ソニー社内でも「録音できないテレコなんて売れるわけがない」との声もあったらしいが、結果的には大成功したわけで、つまらん反対意見は無視するに限る。

 しかし、私がウォークマン(的なもの)を買ったのは、社会人になってからだった。発売当初は高くて買えなかったというのもあるが、それ以前にヘッドホンやイヤホンが嫌いなのだ。今のMP3プレーヤーなら何百曲も入るけど、わざわざ替えのカセットを持って歩くのも面倒くさい。あと、歩きながら音楽なんか聴いてたら危なくてしょうがない。
 そんなわけで、ウォークマン(的なもの)は最初から仕事用=インタビュー取材などの録音用に買った。取材時には「テレコ回させてもらっていいですか」と一応断ってから録音ボタンを押す。内部告発なんかで自分の声を証拠として残したくないとかいう場合を除けば、ダメと言う人はまずいないけど、そこは礼儀ってものである。

 ただ、本当はこっちも録音なんかしたくないのだ。
 なぜなら、録音したらテープ起こしをしなきゃいけないから。テープ起こしというのは録音を文字に起こす作業だが、あれがものすごく苦痛である。何が苦痛って、まず自分の声を聞くのがつらい。滑舌悪く要領を得ないインタビューぶりを聞いていると、本当にヘコむ。それでも心を無にしてマシンになったつもりでやるのだが、1時間かけて15分ぶんぐらいしか進まない。テレコで少しずつ再生/停止/巻き戻しを繰り返しながらの作業なので、とにかく時間がかかるのだ。
 聞いた話では、録音時間の3倍がテープ起こしの標準速度らしい。つまり、1時間の取材テープなら3時間、2時間なら6時間かかる計算。が、私の場合それより遅くて、1時間ぶん起こすのに4時間はかかる(途中で嫌になって小休止したりするせいもあるが)。精神的にも肉体的にも非常に疲れる作業であり、編集・ライターにまつわるあらゆる仕事のなかで一番嫌い。

 なので、お金と時間に余裕のあるときは専門の業者に外注することもある。プロはウォークマン的なものではなく、フットスイッチで再生/停止/巻き戻し/早送りがコントロールできる専用マシンを使うらしい。足でテレコを操作しながら手でテキストを打ち込めるので効率がいい。当然、素人よりも早く進むはずだが、2時間のテープを今日頼んで明日アップというわけにはいかないので(特急料金払えばやってくれるかもしれないが)、本当に急ぎのときは自分でやるしかないのである。
 もうひとつ問題なのは、仕上がりに当たり外れがあるということ。多少聞き取りづらくても文脈からわかるだろうという部分がトンチンカンな単語になってたりする。それだけならばまだいいが、勝手に言葉を整理しちゃったり、言い回しを変えちゃう人がたまにいるのだ。何を勘違いしているのか知らないが、テープ起こしは原稿のための素材だから、基本的にはベタ起こし(発言をそのまま文字にする)でいいのである。取材対象者の口調や言葉の選び方を原稿に生かしたいから録音しているのに、それを変えられたら意味がない。そんなんだったら最初からメモで済ませたほうがいい。
 ただ、メモに一生懸命になってるとインタビューそのもののリズムが悪くなるし、自分が取材を受ける側のときに相手がメモだけでテープ回してないと「大丈夫か?」と不安になるから(新聞社系の人に多い)、録音できる状況なら録音したほうが間違いない。

 もちろん、今はもうテレコではなくICレコーダーが主流である。2000年代に入ったぐらいが切り替わりの時期だったか。個人的には10年ぐらい前まではまだテレコを使っていた。テープが回ってるのが目に見える安心感が大きかったのだ。
 ICレコーダーは動いてるんだか何だかよくわからない。一期一会の取材において、操作を誤って録れてなかったというのは恐怖である。メモは取るにしても、録音してると思うと、どうしてもそっちに頼ってしまう。取材相手が別件の電話に出たりトイレに行ったりしたときに一時停止して、再開時に解除したつもりが止まったままだったとかいうと目も当てられない。その点、テレコは回ってればだいたい録れてる。それでも昔、マイクが壊れていて何にも録れてないことがあって焦ったが、取材時のメモと記憶で何とかした。以来、動作確認と取材終了時の録音確認は欠かさない(もし録れてなかったら、記憶の新鮮なうちに内容を必死で思い出してメモするのだ)。

 テレコからICレコーダーになっても、いまだに「テレコ回す」「テープ起こし」という言い回しは生きている。作業的に変わったのはテープ起こしの部分で、カセットテープより音声データのほうが何かと便利。業者に頼む場合でも以前はテープを宅配便で送ってたのが、ネット上のやりとりで済む。文字起こし作業もテープより音声データのほうが扱いやすい。巻き戻し/早送りが簡単だし、聞き直したい部分にピンポイントでアクセスできる。再生/停止/リピートをキーボードで操作できる「おこしやす」というフリーソフトを導入してから大嫌いな作業が2割ぐらいは楽になった。
 ちなみに今、カセットテープ型ICレコーダーという妙な製品も発売されている(パナソニックRR-SR30)。見た目がカセットテープ風で、液晶ディスプレイにリールの回転を再現するというシロモノだ。機能や操作もシンプルそうだし、取材時に「テープ回していいですか」と言って出せば話のきっかけにもなりそうで、ちょっと心惹かれてます。
 
 

【参考サイト】

ソニー「テープレコーダーとは何か?」

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年2月6日号-

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