津島の窓から 第10回

tsushima

突然の人生劇場

 
津島千紗
(第18号で「“本物の”探偵物語」を執筆)
 
 
 
 
 普段、非常に平凡な毎日を送っている。そんな私の平凡に、突然、ドラマチックな場面が繰り広げられるようなことが、たまにある。それも、自分と全然関係ない話にも関わらず、自分の目の前で。自分と関係ないのに、急にそんなもん見せられたらどうなるのかという事例を今回お話したい。

 そのとき、私はフィリピンのマニラから羽田行きの全日空で日本へ帰国していた。飛行機は羽田に到着し、預けた荷物を取りに行った。

 ターンテーブルで回っている荷物を指さして、あれだとかこれだとか騒いでいる子供がいる。5,6歳のフィリピンの男の子で、空港の地上係員のお姉さんに付き添われている。フィリピンの言葉で大声ではしゃいでおり、ぴょんぴょん飛び跳ねて元気いっぱいだ。お姉さんは、子供に言われた通り、荷物をピックしてはカートに載せているのだが、どう見ても子供一人が持てるような量ではなく、大きな荷物を三つほど載せている。

 というか、なんで一人なんだ。

 いや、でも、知っていることは知っているのである。子供一人で飛行機に乗った場合、係員がいたせりつくせりでサポートしてくれるサービスがあることを。夏休みとか、国内線でおばあちゃんの家に行くような子供とか、サポートされているのをたまに見る。でも、国際線で、こんな子供が一人で大荷物を持って何をしてるんだ。というか、おそらく、母親はすでに日本に住んでいるフィリピン人だろう。この子もこれから日本で暮らすのだろうか? 荷物の量が、ただの旅行ではないことを物語っている。

 到着ロビーに誰か迎えに来ているのは間違いない。見たい。見たすぎる。


 
 しかし、私の荷物がなかなか出てこないのである。男の子は、もう荷物を全部受け取り、お姉さんと出口に行ってしまった。ああ・・・

 ようやく私のスーツケースが出てきたので、出口に向かうと、さっきのお姉さんが戻ってくるところとすれ違った。あ、無事に引き渡し完了している。もしかして、まだそのへんにいるかも! 私は早足でスーツケースを引き、出口に向かった。

 いた。思いっきりいた。到着ロビーで大騒ぎしているので目立ちまくりである。

 予想通り、フィリピン人の若い母親が迎えに来ていた。男の子はさっきまで元気いっぱいに大声で飛び跳ねていたのに、顔をくっしゃくしゃにして、ワアアアアと号泣し、母親に抱きついていた。くっしゃくしゃにして泣いている顔から、男の子のいろんな気持ちが伝わってきた。小さな身体で元気に振舞っていても、不安だったのだろう。ずっとさみしかったんだよね。よかったね、お母さんに会えてよかったね。これから一緒に暮らせるんだね。

 そこだけたまたま見たんなら、なんか子供が泣いてるわ、で終わるのだが、なんかもう、さっきから見ていたこっちとしては、人生劇場である。人の人生の中のすごい一瞬を関係ないのに見てしまった。

 母親は、茶色く染めたロングヘアーにショートパンツといった服装でまだ若そうだった。子供をしっかり抱きしめた手の指にコンパクトデジカメのストラップを引っかけており、デジカメがぶらさがっている。おお、息子との再会の瞬間を写真に撮ろうとしたのか。ディテールがまた泣けるやないか。スマホでも一眼でもなく、コンパクトデジカメってのがいい。

 そしてその隣には日本人のおっさんがいた。絵に描いたような、日本人のおっさんと若いフィリピン妻の国際結婚カップルである。

 で、このオヤジの表情が秀逸だった。それも別に変なおっさんとかじゃなくて、シュッとしたけっこうかっこいい渋いおっさんなのだ。言葉も通じないし「おお、よく来てくれたね!!」と抱きしめたりとかいう言動は日本人の性質上できないだろう。実際おっさん無言だし、周囲の目を意識して若干目が泳いでいる。だが、再会して号泣する親子を、とても嬉しそうに見つめていた。さすがに間に入れないバツの悪さと、こんな大泣きされて空港のこんなところで目立っちゃって恥ずかしいという客観的な自分と、親子を愛おしく思う気持ちがごちゃまぜになった複雑すぎる表情をしていたが、目じりが下がりまくった困ったような優しい笑顔だった。私の人生で、他人のこんなに複雑な優しい笑顔は見たことがない。

 これから息子も一緒に暮らすことになるのだろうが、このオヤジは絶対優しい人だ、きっとかわいがってくれるよ、というのが全く関係ない私に伝わってきて、もう、これ人生劇場である。男の子は、母親にしがみついたまま泣き止まず、明らかにもう抱っこするには大きいのだが、抱っこした状態で歩き出した。オヤジが、一人でカートごと全部の荷物を引いて横で従者のようなことになっている。まあこの場面でオヤジが他にできることは何もないだろう。明日からがんばれ。たぶん、おもちゃとかあげたらすげえ喜ぶからとりあえず物で釣れ。ちなみに、見過ぎて、オヤジと目があった。すまない、オヤジ。

 気付けば、全然関係ない他人である私が涙腺崩壊である。熱いものがこみ上げすぎだ。予期せぬ人生劇場が目の前で繰り広げられたとき、人は、とりあえず、関係ないのに泣けるものらしい。

 なんらかの理由で、フィリピンに子供を残して日本に嫁ぐ母親は結構多いそうだ。この家族もそうだったのだろうが、なんかいろいろの末、子供を日本に呼び寄せることができたのだろう。どう見てもいろんな事情がありそうな家族だが、幸せに暮らしてほしい。時々今も彼らのことを思い出す。

 ところで、ネットで「フィリピン 国際結婚」で検索すると、多数のお見合い仲介サイトがある。暇なとき見てしまう。めちゃくちゃ若くてかわいい女の子が、希望条件で「30歳〜50歳の男性希望」とか書いてあったりするし、実際、サイトに頼らずとも、多くの婚姻が成立している。なんていうロマンのある世界だ。もちろん、背景には経済的なサムシングやいろいろあるのは知っている。実際、周りの話を聞いていると悪い例も相当多い。しかし、ものすっごい表面的な部分だけ見たら、ロマンがありすぎる。日本でモテない中年のおっさんが、こんなかわいい女の子と結婚できるだなんて。少女漫画でいえば、内気でブスの主人公が、クラスで人気者のスポーツのできる男の子と付き合うぐらいの展開じゃないか。つまり、少女漫画並のありえなさなのに、実際、この世界では現実に起きている。私が独身の男だったら、売れ残りの日本人のブスより、かわいいフィリピン妻がいい。まあいろんな事情はあるだろうけれど。どうでしょうか。

 
 
 
-ヒビレポ 2015年3月5日号-

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