出版業界今昔モノ語り 第12回

shinbo
 
 
新保信長(「乱筆乱文にて失礼いたします。」連載中)
 
 
 
 
 
 

気がつけば編集・ライター生活も世紀をまたいで28年。
その間、テクノロジーは大きく進化し、
仕事で使う道具や仕事の進め方もずいぶん様変わりしてきた。
この連載では、そんな出版業界の仕事環境の変遷を、
道具=モノを軸に振り返ってみたい。

 

【その12】原稿用紙

 ほとんどの人がそうだと思うけど、初めて原稿用紙に文章を書いたのは、小学校の作文だった。細かいことは覚えてないが、普通の400字詰原稿用紙だったはずだ。中学のときには、夏休みの作文を手書き原稿のまま文集にするというのがあって、印刷すると罫線が消える原稿用紙が支給された。それは25字×25行×2段という変則的なものだったが、一般に原稿用紙といえば400字詰というのが常識であろう。
 文学館に展示されている昔の作家の原稿も、だいたい400字詰だ。名前入りの専用原稿用紙を使っている作家も多く、『近代作家自筆原稿集』(保昌正夫[監修]・青木正美[収集・解説]/東京堂出版)に掲載されている原稿を見ると、島崎藤村は〈島崎蔵〉、志賀直哉は〈志賀直哉稿〉、吉川英治は〈英治稿箋〉と印字された原稿用紙を使っている。大佛次郎はひらがなで(おさらぎ)と入っていて、なんだかカワイイ。遠藤周作のは名前のほかに住所と電話番号まで入っている。マヌケな編集者がどこかに置き忘れたときに、拾った人が届けてくれることを期待してのものか。
〈松屋製〉〈山田紙店〉〈武蔵屋特製〉など、店名(ブランド名)が入ったものを使っている作家も少なくない。梶井基次郎が〈MARUZEN〉なのは妙に納得。武者小路実篤の〈新しき村出版部原稿用紙〉というのも「へえー」って感じである。
 なかでも目を引くのは、夏目漱石『明暗』の原稿だ。天の部分に〈漱石山房〉の文字と龍の絵がデザインされた洒落た原稿用紙で、19字×10行の190字詰。なぜ19字なんて半端な数字なのかといえば、新聞の文字組に合わせたから。よく見ると下1マス分空けて書かれているのだが、解説によれば『明暗』執筆時に新聞の文字組が18字詰めに変わったためだという。


 
 この漱石の専用箋は特殊な例だろうが、原稿用紙には20字×10行の200字詰のものもある。『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書ヴィジュアル版)に収録された太宰治『人間失格』の原稿は、〈筑摩書房〉の印字のある200字詰原稿用紙だ。
 今はどうか知らないが、かつては筑摩書房のみならず、多くの出版社が社名入りの原稿用紙を常備していた。私が出入りしていた出版社ではどこもB5判の200字詰で、400字詰は見たことがない。推察するに、小説のような長いものなら400字詰のほうがいいけれど、編集者や記者が書くような短い記事には200字詰のほうが使い勝手がいいということだろうか。そういえば放送局の原稿用紙も200字詰だったような気がするが、あれも使い勝手の問題か?(よう知らんけど)
 私が編集の仕事を始めたときにはすでにワープロで原稿を書いていたが、キャプション(写真に付ける説明文)のような少ない文字数のものは原稿用紙に手書きしていた。たとえば18字×5行なら、200字詰原稿用紙に18字×5行の枠線を引き、そこに書く。ヨコ組の場合は原稿用紙をヨコにする。一発で箱組(ぴったりの文字数)に収まると、すこぶる気持ちいい。キャプションを書くのはだいたい入稿作業の最後のほうなので、ちょっとハイになっていて、「オレ天才!」と一人で盛り上がったりしたものだ。

 今はもうキャプションもパソコンで打ってしまうので、原稿用紙を使うことはほぼなくなった。というか、原稿用紙自体が編集部に置いてない。老舗の文芸系出版社なら今もあるのかもしれないが、使用率は減っているだろう。ライターはもちろん作家でも、ほとんどの人がパソコンで執筆しているのが現状だ。
 ただし、概念としての原稿用紙は健在である。「原稿用紙○枚でお願いします」といった言い方は残っているし、小説などで「600枚の大作!」といったアオリはよく見る。その場合の1枚というのは基本的に400字詰原稿用紙のことで、200字詰の場合は「ペラ○枚」という。ところが、「ペラ=原稿用紙を指す業界用語」と勘違いをしてる人がたまにいるから要注意。うっかり200字詰換算で書いちゃったら、全然足りないことになる。原稿料も原稿用紙換算で「1枚いくら」の場合が多いが、それは逆にペラで計算してくれるとありがたい。もっとも、ペラという言葉自体、もはや死語かもしれないが。

 ちなみに、小説の新人賞の募集要項を見ると、文學界新人賞は〈400字詰原稿用紙70枚以上150枚以下。ワープロ原稿の場合、A4判の紙に印刷し400字詰換算の枚数を明記のこと〉となっている。群像新人文学賞は〈400字詰原稿用紙で小説は70枚以上250枚以内。ワープロ原稿の場合は、400字詰換算の枚数を必ず明記のこと〉、文藝賞も〈400字詰原稿用紙100枚以上400枚以内(ワープロ原稿は四百字詰原稿用紙に換算した枚数を明記)〉で、「ワープロ原稿」のほうがイレギュラーな扱いだ。すばる文学賞だけは〈400字詰原稿用紙で100枚程度から300枚までとする。原稿は、1行30字×40行を目安にA4判のマス目のない紙に縦に印字する。手書きの場合は400字詰原稿用紙を使用する〉となっていて、ワープロ(パソコン)使用を前提としているが、いずれにしても紙にプリントしたもので応募する形式である。
 ところが、「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で連載中の『響〜小説家になる方法〜』(柳本光晴)に登場する文芸誌の新人賞は、テキストデータの応募のみ受け付けという設定だった。主人公の天才文学少女の投稿作は原稿用紙に手書きで、開封もされずゴミ箱に捨てられたのを若手編集者が拾って読んで才能に震える……という展開なのだが、手書き不可って普通に考えてありえないだろう。小学館にはいわゆる文芸誌がないが、それにしたってちょっとどうなの? と思わなくもない。雑誌の台割(ページ構成)を会議で決めるのもありえないし、マンガとしては面白いだけに、いろいろ残念なのであった。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年3月20日号-

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