出版業界今昔モノ語り 最終回

shinbo
 
 
新保信長(「乱筆乱文にて失礼いたします。」連載中)
 
 
 
 
 
 

気がつけば編集・ライター生活も世紀をまたいで28年。
その間、テクノロジーは大きく進化し、
仕事で使う道具や仕事の進め方もずいぶん様変わりしてきた。
この連載では、そんな出版業界の仕事環境の変遷を、
道具=モノを軸に振り返ってみたい。

 

【その13】名刺

 別に出版業界に限った話ではないが、社会人になって初めて自分の名刺を手にしたときに「ああ、大人になったなあ」と実感した人は少なくないのではないか。まあ、最近は学生でも名刺持ってたり、一昔前なら女子高生の三種の神器のひとつに数えられたりもしたわけだが、社会人の名刺とはやはり本気度が違う。
 私の場合も、最初に入った会社で名刺をもらったときはうれしかった。何の変哲もない地味な名刺だったが、社会人の第一歩を踏み出した感があったものだ。のちに倒産した某出版社の名物社長に会いに行った際に、渡した名刺で社長が机にこぼしたタバコの灰をかき集めてたのも今となってはいい思い出である(たぶん悪気はなく無意識にやってたんだろう。そんな人物だから倒産したんだろうとも思うけど)。

 その後、2つの会社、3種の名刺を経てフリーランスになるのだが、フリーになると会社から名刺が支給されるわけじゃないので、自分で作らなきゃいけない。となると、やっぱりいろいろ考えるわけである。
 普通の名刺じゃつまらない。名刺交換したときに、それなりにセンスを感じさせ、印象に残るデザインにしたい。かといって、あまりお金はかけられない。というわけで、自分でデザインしたものを、社員時代になじみだった写植屋に餞別代わりに格安で版下にしてもらい、その写植屋と付き合いのある印刷屋で刷ってもらった。
 ところが、フリーになって1年も経たないうちに引っ越してしまったので、名刺も作り直すことに。今度は電話帳で名刺屋を探し、デザイン持ち込みで作ってもらったのだが、そのデザインがマズかった。スミと特色の2色刷り両面印刷というだけでも通常よりコストがかかるのに、裏面の断ち切りまで地色を敷くデザインにしたら、普通の名刺を刷る機械じゃなくて大きい機械を使わなきゃいけないらしく、えらく高い見積もりになってしまったのだ。しかし、わりと気に入ってたデザインだし、そこで変更するのも面倒で、結果的には1枚200円ぐらいの高級名刺のできあがり。名刺交換するたびに「ああ、200円が……」と心の中で泣く羽目になった。


 
 営業マンとかに比べると少ないかもしれないけれど、これまで相当な数の名刺交換をしてきた。一般企業や各種団体、官公庁の名刺は基本的に白地にスミ文字で、せいぜいロゴが入ってるぐらいのものがほとんどだが、芸能関係やデザイナー、カメラマン、イラストレーターなどの名刺はやはり凝ったものが多い。といっても、今回原稿を書くにあたって昔の名刺ファイルを引っ張り出してみたら、90年代初めぐらいだとまだカラー(4色刷り)の名刺は見られない。そんななか、凸版印刷の名刺は天の部分にCMYの色見本が小さく刷り込んであってさすがである(今の名刺がどうかは知らない)。
 名刺ファイルには、ほかにもいろんなレアものがあった。オウム真理教の広報担当(上祐ではない)の名刺とか、まだそんなに有名じゃない頃の会田誠氏の手書き名刺とか、ライター時代の桜庭一樹氏(名前は別名)の名刺とか。ナンシー関氏の名刺は当然消しゴムハンコで、89年、つまり平成元年にもらったやつには昭和天皇のハンコが押してあった。また、93年にもらった大川興業の大川総裁の名刺はなぜか木製だったりする。

 95年頃のチョコボール向井氏の名刺はご本人のムキムキボディのカラー写真入りだが、本当にカラフルになってくるのは2000年代に入ってからだ。パソコンが普及して年賀状を自宅のプリンターで印刷する人が増えてきたのと同じく、フリーランスのなかには自分でデザインして名刺用の紙にプリントする人が増えてきた。
 最近では、ネットでデータを送れば2〜3日で完成品が届くネット通販の名刺屋も多い。お値段も格安で、今使ってるところは片面カラー100枚で800円。消費税と送料がかかるので実際には1200円ぐらいになるが、それでも1枚12円だ。100枚じゃなくて200枚とか刷れば当然単価はもっと下がる。かつて1枚200円もかけて名刺を作ったのが本当にバカみたい。そういう点では、いい時代になったものである。

 そんなこんなで、最後は出版業界とあんまり関係ない話になってしまったが、当連載はこれでおしまい。ご愛読ありがとうございました。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年3月27日号-

Share on Facebook