レポは日暮れて 第1回

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レポ前レポ後

 
えのきどいちろう
(えのきどいちろう&北尾トロの交互連載)
 
 
 
 えのきどいちろうです。いよいよ「ヒビレポ!」も最終クールです。本稿執筆現在(3月23日。昨日、白鵬が照ノ富士の猛追をかわし、三月場所の優勝を決めたところです)、『季刊レポ』休刊後に関しては何も決まってないんですよね。えーと、今日は北尾トロさんから『レポCD A面B面赤面!』のツアー日程打診のLINEが来ました。だから5月の予定組むのがいっぱいいっぱいで、その先はぜんぜん見えてないんだと思いますよ。

 とはいえ、休刊のカウントダウンは確実に始まっているわけで、サヨナラ企画みたいなものをやりたいなぁと考えました。で、毎週日曜日はトロさんとリレー連載方式で「レポの日々」「レポの人々」を語ろうと思います。

 しかし、季刊で20号やって休刊(本稿執筆時点では19号まで発行)ってことは5年ですよ。長いよ、大学の4年間より長いんだ。僕のキャリアのなかでも完全に「レポの時代」って呼べるような特別な日々でしたね。僕は『季刊レポ』誌については参加ライターのひとりでしかなく、本当は平野勝敏・副編集長がこの企画を担当したほうがいいんだけど。並行して「レポTV」ってユースト(現在はユーチューブも)&ポッドキャスティングの番組を担当して、これがけっこう核になったと思うんです。年に4号の季刊誌だけだったら、やっぱりテンポ遅すぎて盛り上がりが生まれない。

 僕がトロさんから初めてレポの話を聞いたのは2009年なんですね。第36回西荻ブックマーク「コラムニスト、なのである」と題して、今野スタジオマーレで雑談イベントやったんだよ。

 あ、正確にはそのちょっと前だったかな、トロさんが「雑誌をつくりたい」って、どっかをいっしょに歩いてるときかなんかに言われて、機先を制して「書きますよ」と返したんだ。「打って出るってことでしょ?」って。振り返ってみると実際はそんなに書いてないんだけどね。連載さっさとやめちゃったし。


 
 で、西荻ブックマーク。これは今、思うと「レポの時代」に何度も繰り返すことになる「トロ&えのきど」トークイベントの最初の一回だ。トロさんに「構想中の雑誌創刊ってどうなりました?」って尋ねたのを覚えてる。「まだ何も」。トロさんは確かそう答えた。「だけど雑誌名は思いついた。ここで発表しちゃおうかなぁ」。会場から拍手が起こる。僕もわくわくした。

 「『カピパラ通信』っていうんだけど…」
 
 そのときの会場の空気感。一瞬、みんな絶句ですよ。で、失笑。僕もびっくりしたな。カピパラ。カピパラか。南米のネズミみたいなやつか。あれは「カピバラ」って濁音で表記するのとどっちが正しい? そんなことはいいか。カピパラか。ダメだろそんな雑誌名。

 「いや、『カピパラ通信』はやめたほうがいいんじゃないですか」
 「え、ダメ? おかしいな、かわいいんだよ、カピパラ」
 「いやいやいや、打って出るんでしょ。カピパラで勝負ですか?」
 「え、カピパラじゃダメ? かわいいんだよ、カピパラ」
 
 会場的には爆笑だったからよかったけど、僕はその雑誌は失敗すると思った。で、翌年の2010年秋ですよね、「カピパラ通信」改め『季刊レポ』が創刊するの。僕はこのタイミングが重要だったと思ってますね。2008年がリーマンショックでしょ。で、西荻ブックマークの2009年は「100年に一度の大不況」なんて言われた。出版業界はこの年、総崩れみたいになるんですよ。閉塞感がハンパなかった。

 で、『季刊レポ』創刊の2010年は、僕の知ってるとこだと自働車文化誌『NAVI』が休刊してますね。仕事先がコスト削減になりふり構わなくなった。たぶん09、10年のあたりのどこかに断層があるんですよ。パラダイムが変った。僕らフリーランスは新しい状況のなかで何ができるか模索していた。

 で、結果的に創刊翌年の2011年は東日本大震災でしょ。僕は原発の建屋がふっ飛んだ日、西荻の事務所にみんな集まったのを覚えてるな。発送日だったんだね。レポは月いっぺん執筆陣が発送業務のため集まるっていう、ミニコミ方式を特徴にしていて、この集まる感じが新鮮だったんだよ。で、震災の頃は作業もあったけど、みんな不安だから集まった。

 この何というかシェルター性だな、振り返って思うと。実際は何のシェルター機能も持ってないんだけど、とりあえず色んな年代、色んなキャリアのフリーランサーがね、外界が激変していくようなときに集まって、不安感に耐えた。あるいは次の準備をした。それはね、カピパラの群れだったのかもしれないね。あ、実際のカピパラはのんびりした顔に似ず、攻撃性があって繁殖力があって、めっちゃ害獣らしいんですけど。

 僕もレポ前とレポ後だと、動き方やコストのかけ方にずいぶん違いがあります。70年代っぽくなった。移動もLCCや青春18きっぷ、大人の休日倶楽部を駆使して、足軽気分だ。イメージはかつて高田渡みたいなフォークシンガーがギターケース抱えて旅した感じ。すっ軽くなって不況対応。

 僕自身もレポ休刊後のことを思うと、自前で発信する手立てを考えないとなぁと思います。ここで学んだことを生かしていきたい。しかし、トロさん、僕らにとってはそれが50代の5年間だっていうのも大きいですね。あとトロさんは東京から松本に引っ越した。レポ前レポ後。ライフステージみたいなもんがすっかり変わった感じじゃないすか?

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年4月5日号-

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