レッツゴー!町中華探検隊 第2回

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最初に通った町中華の巻

 
下関マグロ
(北尾トロ→下関マグロ→増山かおりの輪番連載)
 
 
 
 
北尾トロから“まちちゅうか”という言葉を聞いたとき、僕の頭の中では「街中華」という漢字が思い浮かんだ。しかし、北尾トロは「街」ではなく「町」なのだという。その理由は、ネットで検索する場合、「街」だと横浜の中華街ばかりが出てきてしまうというのだ。実際にやってみるとその通りだった。というわけで、「町中華」という表記でいくことになった。
 本連載では、僕自身の町中華体験を振り返ってみたい。大学生のときにはそこそこ行った記憶があるが、大阪だったので、あまり思い出せない。それで、東京のことから書こうと思う。

荻窪北口通商店街というのがある。僕が東京にきてはじめて住んだのが荻窪で、駅と自宅の往復にこの商店街を使っていた。住まいは本天沼にあった。住んでいた期間は83年の4月から9月まで。それから東中野に4年ほど住み、87年から再び南口というか、天沼陸橋のところにに2年ほど。北口からけっこう歩いた早稲田通り沿いに2年ほど住んだ。
 
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荻窪北口から青梅街道までの短い通商店街は今はこの道一本だけだが、かつてはバスロータリー側にもう一本路地があって、そこには素敵な町中華があった。カウンターだけのお店で、ラーメンなどがメインだったが、カウンターには辛めの漬物が、食べ放題で置いてあった。それをつまんでビールなどを飲み、ラーメンでしめるというような、なんだかとっても大人の店だったと記憶している。お客には中年男性が多く、20代の僕はこの店を訪問するのにちょっと勇気が必要で、なかなかノレンをくぐれなかった。初めて行ったのは、早稲田通り沿いに住んでいた時だ。それでも、気圧され、俺にはまだ早いなと思わせる店だった。ただ、ニンニクの効いた野菜たっぷりのラーメンだったか、タンメンだったか、それは今でも時々思い出して、もう一度食べたい気持ちになる。ちょうど、いまの自分の年令にはピッタリの店かもしれない。

教会通り商店街に講談師の田辺一鶴さんが経営する古書店があった。その斜め前くらいに小さな町中華があって、そこへはお昼時などよく行った。よく行ったのは天沼陸橋に住んでいた頃だ。教会通り商店街の入口にあったパチンコ屋によく行ってて、昼時になると休憩中の札をパチンコ台のところに置いて出かけた。行き先はこの町中華かパチンコ屋の隣にあったハンバーグの店だった。ハンバーグ店では、鉄板に薄いハンバーグ、ソースが掛けられて出てきた。ライスは白くて丸いライス皿。味噌汁がついていた。メニューは多くなくて、メキシカン・ハンバーグというメニューがあったので、それはどういうものかと聞けば「辛めなんですよ」と言うのだが、さほど辛くはなかった。

町中華のほうは年配の男性と奥さん、その息子さんで営業していらっしゃった。日替わりの定食のようなものがあった。たとえば肉野菜炒め定食などだ。それにライス、スープがついてきた。ライスは白くて丸い皿に入れられており、考えてみれば、ハンバーグ店と同じだった。味の記憶はあまりないけれど、はっきり覚えているのは息子さんが厨房で賄いを食べようとしているシーンだ。町中華の人はどんな賄いを食べるのだろうと見ていると、豆腐一丁をパックから取り出し、皿にのせ、それに醤油をかけた、冷奴をおかずにご飯を食べていた。ご飯は僕たちと同じような白いライス皿。ご飯は大盛りだった。他におかずがあるのかとずっと見ていたが、それだけだった。たまたまその日がそうだったのかもしれないが、いつも脂っこい料理を作っているので、自分が食べるのはあっさりしたものがいいのかなと想像したりした。

83年、すなわち僕が上京した年、会社からの帰りに一番よく立ち寄ったのは店は町中華ではなく今もある「松屋」だ。牛丼に生野菜サラダ、もしくは定食をよく食べた。安いのがうれしかった。
 次によく行ったのが富士中華そばだった。実は富士中華そばのことはすっかり忘れていた。北尾トロが、荻窪で富士中華そばに行ったというのを聞いても、まったく思い出せなかった。でも、店舗に行ってみたら、あー、そうだ、ここは来てたぞぉって思いだした。
 
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名前が、富士中華そばなのだけれど、ラーメンを食べた記憶はない。なぜなら、荻窪北口にはおいしいラーメン店が多数あったからだ。実は当時、あまりラーメン好きではなかったが、それでも丸信、丸福、春木屋など醤油ラーメンの名店がいくつかあって、ラーメン気分の日は行列の短い店は行った。春木屋は今と同じ場所にある。丸進は四面道へ移転し、丸福は系列店がこの北口通商店街にある。上の画像の右端がそのお店。なくなってしまった一角には立ち食いの「山田うどん」があって、うどん気分のときはそこへ行った。で、中華富士そばだけれど、店頭のホワイトボードを見た瞬間、あーっといろいろ思い出した。こんなふうにメニューが手書きで書かれている。
 
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この店舗ファッサードは昔から変わらない。ここで食べていたのが、松屋にはない揚げ物、炒め物、焼き魚、刺身などのメニューだ。ごく普通の定食屋さんといったかんじだった。そう、昔からやっている町中華はこういうタイプが多い。いちばんよくきていたのは、1983年なので、2015年の3月、32年ぶりに再び訪問してみた。昔と変わらず、ご夫婦で営業していらっしゃる。せっかくだから、ラーメンを食べてみよう。ラーメン定食Aだ。
 
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店内は4人掛けのテーブル席が2つほど、壁沿いにカウンター席がある。カウンターに座る。もう一人の自分がいて驚く。壁一面に大きな鏡が貼り付けられているのだ。上のほうを見ると「贈」という赤い文字が見えた。

席からは厨房が見える。ハムエッグは奥様の担当で、年季の入ったフライパンで丁寧に作っておられる。考えてみれば、昔はラーメンライスというのが普通にメニューにあったのだけれど、これにハムエッグがついているのだから、ごちそうだ。ほどなくして、ラーメン定食Aが到着。いいビジュアルだ。卓上にはソースと醤油があって、ハムエッグにはどちらをかけようかと悩む。この組み合わせなら、ソースかな。ハムエッグの下に敷かれているキャベツの千切りもソースを浸して食べたい。黄色いおしんこもいい。無駄にせず、なんとか、うまく組み込みたいものだ。卓上のソースは、それとわかる昔ながらの容器に入っている。すなわち、半透明のビニール製。上部はくすんだピンク色で、出るところが少し突き出ている。僕はこの形状を見ると、ペンギンを想像する。やはり、ソースだ。ソース入れを持ち上げ、傾けて、胴体部分を少しだけ押す。ほんの少し、様子を見ながら、垂らそう。真ん中へ行こうと思ったが、腕が縮こまって、中心をはずれる。左半分のハム部分だけにソースをかけてしまった。これでいいんだ。いただこう。ハムとキャベツがうまいなぁ。これでめしにいく。そして、ラーメンのスープを流し込む。いい。これはめしにあうラーメンだ。麺をすすり、まためしに戻る。黄身部分をキャベツとともにオン・ザ・ライス。そこへちょっと醤油をたらして、いただく。完璧だ。半熟卵かけごはんだ。ここでおしんこ投入。たまらんのぉ。チャーシューをおかずにめし。メンマもおかずにしてめし。おっと、海苔があるじゃないか、これでめしを巻いていただこう。ここでめしが終了してホッとする。残っていたら、このラーメンのスープに入れて食べてしまうとことだった。すでに満腹なのに……危険だ。

ってことで、久しぶりに富士中華そばを堪能。
さて、次週は増山かおりさんです。
 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年4月11日号-

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