借りたら返す! 第2回

獨協大学放送研究会

 
海江田哲朗
(第12・13号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 僕の入った獨協大学は埼玉県草加市にあった。文系学部のみのこじんまりとした大学だ。福岡から上京したばかりで、ただでさえ東京の複雑さに圧倒されていたため、そのサイズ感は頃合いに思えた。そこで僕は、放送研究会(以下、放研)という文化系クラブに所属している。

 たしか新入生のオリエンテーション期間に勧誘され、ふらふら入ってしまったのだ。高校時代、自主映画をやっていた僕はその路線を継続するつもりでいた。だったら脇目も振らずに映画研究会の部室に直行すればいいのだが、そうならずになぜ放研だったのか。「うちでも映像はやれるから」とかなんとか言われて、連れていかれた気がする。

 先輩に促されるまま、入部届けに氏名と連絡先を記入した。わら半紙に太字マジックで名前と学部が書かれ、部室の窓にぶら下げられた。僕は2番目だった、同期は十数名いたから、かなり早い段階でいっちょ上がりだった。のちに自分も勧誘する立場になってわかるのだが、本当に誰でもいいのだ。見込みのあるなしなんてわかるわけもなく、とにかく数である。ちやほやされてドギマギしている新入生をとっつかまえて、手当たり次第にさらってくる。

 放研は、活動の内容によって4つに分かれていた。アナウンスプロダクション、声優プロダクション、DJプロダクション、夢限プロダクション。アナウンスプロと声優プロは説明不要だろう。DJプロはクラブDJを指し、音楽好きでわりかしあか抜けた男女が多かった。


 
 問題は、夢限プロである。映像制作をはじめなんでもできるというのが売りで、僕の入ったグループがここだった。夢は限りなく、略して夢限だよ。こうして書いているだけで背筋のあたりがぞわぞわする。「夢限の奴ら、明日8時に部室集合ね」とかよく言えたもんだね。いま思えば相当恥ずかしいが、当時の僕は一片の疑念もなく受け入れていた。「俺たち夢限の人間はさ、もっと面白いことがやれると思うんだよね」くらいのことは平然と言っていたに違いない。他のプロより、具体性を著しく欠くのが何よりの強みだった。数年後、夢限プロは裏方プロと名称が改められ、現在はどうなっているんだろうとネットで調べたところ、放研のオフィシャルサイトで企画制作プロとなっていた。後輩諸君、それ正解!

 さて、放研で知り合い仲よくしていた人で、借りっぱなしになっているのがふたりいる。

 ひとりめは志岐吟子。2つ下の後輩だ。福岡は大川市の家具屋の娘で、僕とは同郷ということも手伝って気が合った。大学卒業後もしばらくは仕事を通じて行き来があったが、ここ10年くらいはとんとご無沙汰である。彼女には本を2冊借りたままにしていた。

 意を決して電話をかけ、近況報告もほどほどに用件に入る。

「いやさ、本を返したいと思って。2冊借りっぱなんよ」
「なんでしたっけ?」
「まず、立川談志の本」
「ええっ、まったく記憶にない」
「あとね、町田康の……あのほら」
「くっすん大黒」
「それ!」
「あれは面白かったけん、憶えてます」
「その2冊を返したい」
「もうあげますよ」
「そういうわけにはいかんたい」

 まあ、久しぶりにごはんでも食べようよと約束を取り付けた。まずまず首尾よくいってほっとした僕は、本棚から目的の本を取り出そうとした。ところがだ。立川談志の『談志人生全集〈第2巻〉絶好調』(講談社)はすぐに出てきたが、町田康の『くっすん大黒』(文藝春秋)がどこを探してもない。ったく、先に確認してから連絡しろよ。まさかほかの人に貸したり、古本屋に売っ払ったのか。そんなはずはないんだけどと思いつつ、結果的に紛失してしまった自分にショックである。こりゃ弁償だね。

 
 
 
-ヒビレポ 2015年4月13日号-

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