レポは日暮れて 第4回

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ライター募集イベント

 
北尾トロ
(えのきどいちろう&北尾トロの交互連載)
 
 
 
『にゃんくるないさー』(文春文庫 親本は『中央線で猫とぼく』)ってタイトルの、二十歳くらいから始まった猫とのあれこれを綴った本がもうじき出る。その解説で角田光代さんがぼくの20代を「この人、猫と出会わなかったらどうなっちゃったんだろう」とみたいに書いていて、レポも5年間、20冊の歴史の中で「あんときさぁ」がたくさんあったなと思ったです。

 いまでも覚えているのは創刊前にかけられたひとこと。雑誌やるんだって話をすると大半が「売れないよ」「儲からないよ」「ライターに専念しとけば」とリアクションする中で、感謝してるから名前出そう、森正明って編集者が唯一「おもしろいっすね、何載せるんですか、著者の当ては十分にあるんですか、いやオレそういうの大好きっすよ」と言ってくれ、しばらくして「紹介したい書き手がいるんだけど」と電話をかけてきたんですよ。それが創刊号から8号まで『そのとき歴史が鞭打たれた』を連載した元女王様ライターの早川舞。SMの戦後史を一般紙がやることはないだろうから、レポでやっちゃおうって企画だった。

 他ではやらないことを載せたいんだ。ライターが書きたいこと書いてそれ読んでもらうんだ。そういうことを言ってたわけだけど、それが具体的に動き出した企画です。早川さんとSMサロンに行って剛の者たちと会ったとき、異様な空間にぼくはビビったですよ。知らない世界を覗いてビビるのはいい兆候なので、これやったら読者の一部は確実に引くだろうけどぜひやろうと。実際、抗議メールきたなあ。


 
 違う意味での「あんときさぁ」は島田十万が投稿してきた原稿。レポはプロアマ問わずにおもしろい原稿を掲載する方針で、創刊前からずっと投稿を受け付けてきました。原稿でもいいし、企画書でもいいし、なんだったら編集部に来てもらってもいいと。1番目か2番目に送ってきたのが島田さんで、副編の平野勝敏(ヒラカツ)が「このまま掲載できるレベルです」と大喜びするような、読ませるものだったんですよ。で、創刊号に堂々の掲載。こりゃいいぞ。どんどん新人送り出せるぞと喜んだもんです。待ってりゃいいと油断した。
 でも、そうは問屋が卸さず、投稿は来るものの、なんだかよくわからない企画ばかりで頭を抱えることになっちゃった。事務所にも何人かきて、戸惑いの連続です。お互いやる気はあるんですよ。一方は書きたい、一方は載せたい。なんとか歩み寄ろうとする気持ちはあるんだけど…もどかしい感じですよ。

 そういうときにプロがふっとくるわけです。たとえば杉江松恋がきて「書かせてもらいたい。考えているのは…」と話し出すと、5分で「やりましょう」となる。プロだと書きたい欲求は同じでも、どう取材して形にするか、どうすれば読者に読んでもらえるかを考えたうえで来るから、圧倒的に話が早いんですね。島田さんは例外的な素人だったんだなと後で気がつきました。

 だけどやっぱり、プロで固めてどうすんのよという思いは強くなる一方。待っててもラチあかん。レポの書き手を発掘するイベントを、お台場のカルチャーカルチャーってスペースでやることにしました。優勝者にはレポでのライターデビューが約束されるライター募集のイベントです。

 誰が見に来るんだよって思ったら、ほぼ満員。気軽にきた審査員役の執筆陣も、雰囲気に引っ張られるようにマジになって場内ピリピリ。企画をプレゼンしてもらって審査する形式だったけど、下関マグロとかえのきどさんが鬼のようなコメントを連発してたなあ。
「あなたが思っているほど、他人はあなたのことなど興味がありません」「えーと、それのどこがおもしろいの」「嘘はいけないよ、嘘は」
 ぼくもきついこと言ったんじゃないかなあ。きっと、書き手が欲しい気持ちと裏腹に、ライターなめんなよって気持ちがあったんだ。

 このイベントからは、優勝者の中島とう子と、えのきど賞の島袋寛之が編集部に顔を出すようになり、やがて誌面を飾ることになった。カルカルに集まった他の志望者たちはどこで何やってるかなあ。ときどきそんなこと考えます。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年4月26日号-

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