借りたら返す! 第4回

ムゲン逃れ疑惑

 
海江田哲朗
(第12・13号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 八尋光二郎に電話をかけた。僕とは獨協大学放送研究会(以下、放研)の同期で、DJプロダクションに所属していた。3年生のときは部長を務めている。同期の気安さで、久しぶりに連絡してもいつもの調子で話せる友人だ。ちなみに彼の父は歴史小説作家の八尋舜右である。

「あのときの千円を返したい。感謝の気持ちで、あえて返さなかった千円を」
「いいよ。いつにする?」

 このように話が早いのは大変助かる。約束の日時がぱぱっとまとまり、ついでに僕は記憶があやふやで確認したかったことを訊ねた。

「こないだ(志岐)吟子に会ったんだよ。この連載に出てもらったんだけどさ」
「おう、吟子ね」
「借りていた本を返して、しばらくしてかな。もう一度会ったとき、夢限プロの話になった」
「うん」
「あれさ、漢字で夢限だった? それともカタカナでムゲン?」
「カタカナだったよ。意味わかんなくて、どんな理由ですか? って聞いたら」
「夢は限りなく」
「そんな感じ」


 
 やはり、そうか。書いていて、どうも違和感がぬぐえなかったのだ。だが、僕の記憶では、配られた台本に自分の名前を書くとき、夢を丸で囲み、所属プロの印をつけていたような気がする。あれはなんだったのだろう。記憶のねつ造というやつか。

「もうひとつ。吟子はね、自分が放研に入ったときは、すでに裏方プロだったって言うんだ」
「そうだっけ。たしかひとつ下の後輩のKが『意味わかんねえし、何よりダセえ』って言い出したんでしょ?」
「それはおれも憶えている。問題は改称のタイミングがいつか」
「常識的に考えれば、Kが実権を握ったときだから、3年生になってからか。あるいは2年の途中で言い出して」
「だよな。整理しよう。おれと八尋が91年入学世代、Kが92年、吟子が93年だ。もし吟子の言う通りなら、Kは2年生になったばかりで改称を成就したことになる」
「そうなるね」
「入部して1年しか経っていないKがそんな大それたまねをしでかすか? それなりに歴史のあるムゲンを葬り去るなんて」
「考えにくいな」
「いやおれはさ、吟子のムゲン逃れだとにらんでいるんだよ。こちらの曖昧な記憶につけこんだ確信犯」
「できれば逃れたいよね。恥ずかしいもん」
「八尋よ、おれたちはいま、とてつもなくくだらない話をしている」
「くだらねえな。どうでもいい話だ」

 しばらくふたりでああだこうだと言い合ったが、疑問はさっぱり解消されなかった。それでも、「おれは放研のOB会みたいなやつに何度か出てるから、そのへんはだいぶ整理されてるよ」と八尋は言い、僕の記憶よりははるかに頼りになった。

「おれが3年で部長になったとき、おまえはプロ研でしょ?」
「えっ、プロ研ってなぁに?」
「各プロの取りまとめで、執行部の一員。部長、2年がやる副部長、プロ研究部長、会計の4人。よく集まってたじゃん」
「まったく憶えてない……」
「おれさ、部長選挙のとき、否認票が入ったんだよ。一度部を辞めて戻ってきた人間はふさわしくないって」
「八尋、いつもその話するよな。そんなにショックだったんだ」
「おまえのせいだぞ。副部長だったのに部長はムリだとか、慣例を無視したことをするから」
「それは何度も謝った。ということは、おれはプロ研という要職に就いていて、ムゲンから裏方への改名を容認したということか」
「もめた記憶は?」
「いや、たぶん無抵抗だった。ヘンなのって思ってたのは事実だし」
「明らかにヘンだったよね」
「なぜか、いまさらすごく愛着を感じている。ムゲン仲間が減るのはさみしい。吟子も細けえこと言わないで、ムゲンでいいじゃんな!」
「おれはどっちかっつうと、おまえのほうを支持するよ」

 八尋と話していてもこれ以上の進展は見込めそうになかった。そこで、同期のもうひとり、勝田幸裕に電話をした。こんなくだらない話に巻き込むのは気が引けたが、はっきりさせたい気持ちのほうが勝った。

「改称したのはKがプロチーフになってからでしょ。代変わりの時期があるじゃん。秋か冬に。そのときに1年からプロチーフを選出して、同じタイミングで執行部も入れ替わる。だから吟子の言っている通りだよ。あとね、執行部は会計じゃなくて総務部長」

 と、勝田はすらすら話す。どうやらこの線で間違いないようだ。しかし、その勝田も「ムゲンは漢字じゃなかったかなあ。夢限ってバカみてえだと笑った記憶がある。こっちはちょっと自信ない」と話した。ここにきて、漢字とカタカナを併用していた可能性も出てきた。どっちでもいいよ!

 そして、証言する者がもうひとり身近にいた。僕の妻だ。吟子と同期で、アナウンスプロダクションに所属。途中で退部していた。

「最初から裏方プロだったよ。昔はムゲンだったって、しつこいくらい解説された」

 なんだ、もっと早く聞いていればよかったよ。それにしても、借りを返していくだけで、いろいろと手間がかかるものだ。これにて一件落着!

 
 
 
-ヒビレポ 2015年4月27日号-

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