借りたら返す! 第5回

千円ありがとう

 
海江田哲朗
(第12・13号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 究極にお金がなくて困ったのはいつだっただろう。学生時代、家賃分のお金を競馬で溶かしちゃって、愛用のカメラを質入れしたときか。ライター稼業に就き、仕事先の倒産により原稿料の不払いに遭い、あてにしていた十数万円が入らなかったときもかなり参った。大急ぎで現金を作る必要があり、本やCDを片っ端から売り払ったこともあった。

 もっとも、金欠はしょっちゅうだったから、いちいち憶えていないのだ。それを言うなら、いまだってゆとりのある生活とはほど遠い。ないときはない。あるときだって、たかが知れている。威張って言うことではないが。

 だいたい僕は、きれいにお金を使い切る能力に長けている。われながらほれぼれしたのは、サッカーの取材で1ヵ月ほどヨーロッパに行ったとき。活動資金30万円ほど持って旅立ち、帰国して成田空港に着いたときには財布に50円玉ひとつしか入っていなかった。どうやって家まで帰ったのだろう。おそらく電車で使えるプリペイドカードを持っていて(当時SUICAなどの電子マネーは普及していなかった)、それでどうにかしたと思われる。

 宵越しの金は持たないといった気前のよさとも違う。淡々と使い、なんとなく財布の中身と帳尻を合わせてしまう。無自覚であるがゆえに、いっそうタチが悪い。

 あれはたしか、6、7年前。細かいことは忘れてしまったが、とにかくお金がなかった。銀行口座はすっからかんで、おそらくクレジットカードのキャッシングも限度額いっぱいまで借りていたはずだ。夏だったかな。ひょんなことから、獨協大学放送研究会の同期、八尋光二郎と数年ぶりに会うことになった。何か用事があり、新宿あたりでお茶しよっかと。


 
 オープンテラスのある喫茶店でひとしきり話し、別れ際、僕は言った。「お金なくてさ。千円貸してよ」。じつはコーヒー代を払ったら、帰りの電車賃すら残らなかったのだ。みっともないことをしているなあ、と思いつつ平然を装った。

 久しく会ってなかった友人からの借金の申し出。しかも千円という少額。今後会う予定はなく、もしかすると一生会わないかもしれない。くれと言っているのも同然である。互いに結婚しており、30代の半ばを過ぎていた。逆の立場なら、おいおい大丈夫か? となる。

 だが、八尋は特に詮索することなく、ひょいと千円札を渡してくれた。そのさりげなさがとてもありがたく思えた。

 以降、何度か会う機会があったが、その度に「あの千円は返さないよ。全部ナシになっちゃうから」と僕は言っていた。「おまえらしい理屈だな」と八尋は笑っていた。

 今回、ついにその千円を返すことになる。待ち合わせは京王線の仙川駅。約束の時刻ちょうど、チャリンコに乗った八尋が姿を現し、近くのロイヤルホストに入った。

 現在、八尋は眼鏡の卸売りの仕事をしている。新卒社会人のときは歌舞伎の興行会社に勤め、芸能関係の事務所に出入りしている時期もあった。

「おれさ、ついお金を貸しちゃうんだよね。いつだったかな。道端で会った人から千円貸してほしいって頼まれて、はいどうぞって渡したこともあった。和服姿の上品そうな女の人だったなあ。財布を落としちゃって、家に帰れないって言うから」

 いや、フツー相手にしないでしょ、それ。

「さすがに返ってこないだろうなとは思ったよ。やっぱり連絡なかった」

 どう見たって寸借詐欺じゃん。2秒でわかるよ。なんだか、あのときの千円のありがたみが減っちゃったなあ。あんた、誰にでもそうなんだ。僕がずっとあたためてきた感謝の気持ちを返せよ!

 それから僕は、八尋の恐るべき性質を知ることになる。それなりに長い付き合いで、もともと気のいいところのある男だったが、まさかこれほどのお人よしとは思わなかった。

 
 
 
-ヒビレポ 2015年5月4日号-

Share on Facebook