借りたら返す! 第6回

断れないマン

 
海江田哲朗
(第12・13号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 獨協大学放送研究会の同期、八尋光二郎の口から出た言葉に耳を疑った。おい、うそだろとコーヒーを吹き出しそうになった。

「お金を貸すといえば、仕事の知り合いに50万を2回貸したことがある。ん〜、額はちょっと盛ったかな。片っぽは25万くらいだったかも。返してもらってないね。その期待もあまりしてなかった」

 いや、絶対に返してほしいでしょ。あんた、それ大金だよ。

「芸能関係の仕事をしている頃でさ。あそこって、ぐちゃぐちゃな世界なのよ。見栄と看板で生きてて、そうしてダメになっていく人間同士のだまし合いみたいな。そのへんの話は闇だなあ。人の生き死にまで関わってくるから」

 それにしたって、どうして他人に大金を預ける気になるのか、また返ってこないのを半ば覚悟して出せるのか。僕には理解が及ばない。多少はうま味のあるリターン話をチラつかされたのかもしれないが、もともと八尋はそれほどカネにこだわるタイプでもなかったし。

「口車に乗るってあるじゃん。まさにアレ。おれいま乗ってるなあ、と感じながらお金を出してる。口車とわかりつつも、こっちの態勢は前のめりだからね。ぜひ出させてくださいくらいの勢いだったよ」


 
 一応、借用書を渡されたそうだが、それもノートの切れっぱしにチョロチョロっと雑に書いたもの。こんな書面に効き目なんてあるわけがないと思っていたそうだ。

「おれの場合はさ、お金を出すときから授業料だと思ってるから」

 あんた、すげえな。開いた口がふさがらないとはこのことだ。授業料ってのは、痛い目を見た際の一種の方便だよ。あとあと振り返って、だいぶ高くついたけど授業料だったんだと自分に言い聞かせるための心理的クッション。はなっから授業料ですと差し出す人間がどこにいるんだよ。

「自分の知らない、おっかない世界を覗いてみたい気持ちがある。でも、芸能界みたいな気を抜けないハイプレッシャーの状況に対して、タフに立ち向かうってガラじゃないんだよね。それを楽しめる人もいるんだろうけど、おれはまるっきり逆でさ。言うなれば、風に、なびく。そっちの人間。自分にはとことん合わない仕事だなって痛感した。いまの眼鏡の仕事をやってて安心なのは、隣の人をだまそうとしたり、陥れようとする人種がいないこと。いろいろ経験して、この道じゃないんだとわかったのは本当によかったよ」

 行動原理の源は、好奇心というやつか。そのへん八尋は、高校時代、行きつけの床屋の親父にそそのかされ、自己啓発センターに連れて行かれたというから年季が入っている。「八尋くん、バカってどんな人を指すか知ってるか? 人生において、後悔するやつのことだ!」が決めゼリフだったらしい。まったく、その言葉のどこが琴線に触れたんだか。もっとも僕だって、若かりし日は安い言葉にジーンときちゃったことがあるわけで、とやかく言える身分ではない。

「ま、おかげで人を見る眼は養われたね。少なくとも口車に乗らないスキルは身につけた」

 八尋は眼鏡のふちに手をやって胸を張るが、せいぜい人並といったところに違いない。八尋の伴侶となった女性は大金を貸した男を紹介されたことがあり、「こいつ、どっからどう見ても怪しい」と一発で看破したという。あのとき、より強い注意喚起をすべきだったと奥方は悔いているかもしれない。

 そのほか話を聞いてみれば、気前よく融通した話が出るわ出るわポロポロと。ことごとく断れないし、返せと言えない。よくぞここまで無事に生きてこられたな。

「断ったり、返してと切り出す精神的な負荷がきついのもあるけど、そもそもそうしたい気が起きない。買い物に行って、店員さんから親身に話をされたら、欲しくない物も買っちゃう。そういうメンタル。だから、海外も個人旅行とかムリだね。いい餌食にされるよ。行くとしてもパックツアーでしか行かない。そのへんは結婚して、しっかり者の奥さんがいるのはとてもありがたい」

 ショッピングで言いくるめられるリスクは、パックツアーのほうが上のように思うが、うっかり聞き流してしまった。どこへ行っても間違いなく相手のほうが上手だから気をつけろ。あんたみたいなのが置き場に困るヘンテコなオブジェを買わされるんだぞ!

 そして、僕たちは午後のロイヤルホストで取りとめもない話をつづけた。学生時代からこうやってだらだら話し、思いつくままに最近見た映画や身近な人たちを俎上に載せ、いつだって結論を求めていないところがあった。その点ではじつに進歩がない。でも、友だちってそういうものだろう。

 どうでもいい気分になっちゃったけど、ほら返すよ千円。あんときは助かった。証拠の写真撮るからこっち向いて。ブツだけだと絵が味気ないからさ。

「返され慣れてないせいだろうな。なぜか恵んでもらったふうに見える」

 八尋はデジカメのモニターに映った自分を見て、くすぐったそうに笑った。
 
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八尋光二郎に千円返しました

 
 
 
 
-ヒビレポ 2015年5月11日号-

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