レポは日暮れて 第7回

eno
あると思えばある

 
えのきどいちろう
(えのきどいちろう&北尾トロの交互連載)
 
 
 
 先週は所沢駅前で待ち合わせて、久々に僕とトロさん、そして河出の担当だった武田砂鉄さん(デビュー本『紋切型社会/言葉で固まる現代を解きほぐす』(武田砂鉄・著、朝日出版社)好評発売中!)の3人で山田食品産業の本社にお邪魔しましたね。用向きは『季刊レポ』最終号の取材だったんだけど、いや、本当に歓待していただいて、発表前の新メニューまでごちそうになっちゃった。あんなに良くしてくれる会社はありませんね。お仕事の都合で当日、お会いできないはずだった山田裕朗社長が「西武プリンスドームの日ハム戦、頼んどきましたよ!」って来てくれちゃうんだもんな。

 トロさんが先週書いてたお金の話は本当にシビアだね。僕はトロさんの奥さんも気が気じゃなかったと思うな。毎号、ちょっとした中古車買うくらいのお金が出ていく。3ヶ月にいっぺん中古車買ってるんだね。それに対しトロさんの経営戦略はなーんもない。「みんなにお願いして原稿料を半分にさせてもらう」が最大の作戦行動だからな。ホントに山田うどんの助力がなかったらヤバかったね。しかも、山田うどんが(単行本のときと同様)一切、雑誌の中身に口を出さなかったでしょ。最高だよね。ホントにツイてる。

 振り返ると山田うどんムーブメントは、季刊レポという「場」がもたらした最たるものだと思うんですよ。僕は「場」って不思議なもんだなと思います。年4回しか出ない雑誌が「場」になり得るんだ。フツーに考えたらペースが遅すぎる気がする。僕が思ったのは「場」っていうのはある程度、象徴っていうか、口実みたいなものであっても機能するんだなっていうこと。感心する。雑誌としての体裁は最低限のものでしょ。編集部っていっても概念だけで、実際はヒラカツさん個人のことだったり。だからね、季刊レポは「トロさんが自腹で雑誌を出してみた」試みでもあるけど、「トロさんが自腹で『場』をつくった」のほうが正確な表現かもわかんない。


 
 これはね、「あると思えばある」なんだよ。雑誌があって編集部があって、そこに磁場がある。とみんなが思えばエネルギーが発生する。何でみんな一銭にもならないのに毎月、発送作業に集まったり(12回のうち8回は執筆者の誰も関係ない、トロさんの手書きコピーの発送だよ)、毎週、レポTVに集まったり(ヨシオカさんなんか手弁当な上に、機材や小道具を自腹で買いそろえていったよ)したのかってことなんだ。まぁ、僕はトロさんの人のよさっていうか、キャラクターも大いに関係してるとは思いますよ。でも、それだけじゃ説明つかない。「あると思えばある」が実体化したんだよ。

 逆に言うと「あって欲しい」だな。雑誌があって欲しい。編集部があって欲しい。サブカルがあって欲しい。オルタナティブな勢力があって欲しい。そういう感じがすーっとまとまって、つまり実体化した。のかもしれないなと思うんですよ。その「あって欲しい」はトロさんの創刊前のフワッとした目論見ほどは大きくなかった。あるいは(無に等しい)レポの営業力じゃ、その「あって欲しい」を量的に拡大はできなかった。早い話、商売にはならなかった。商売にならないけど(ツキもあって)、面白いことはいっぱいあった。

 5年ってすごい時間ですよね。川内有緒さんなんか新田次郎賞もらって、お母さんにもなった。後藤グミさんは北海道に引っ越し、吉野歩さんは瀬戸内海の島に引っ越した。山下陽光さんは長崎県、小野田麻里さんは山梨県に拠点を移した。まぁ、トロさんだって松本で新生活を始めて、猟師免許を取得したりね。5年もあったら5年前は考えもしなかった人生上の転機を迎えたりする。そのなかで5年にもわたって存続できたのは凄いと思う。

 これは今後はどうしたらいいんだろうね。「場」を張るほうが(ひとりでやるより)色んなことができるのがわかった。トロさんは「情・弱損ズ」の所信表明でWEBレポ作成に言及したけど、それが「情・弱損ズ」の考えだってところがミソだよね。当てにならないといえばこれ以上、当てにならないものも珍しい。

 ま、とりあえず最終号に全力投球しましょう。全力でスローボールを投げる。最終号は面白いもので「あって欲しい」とみんなが思ってる。僕も山田うどん記事を楽しく仕上げるつもりですよ。
 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年5月17日号-

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