借りたら返す! 第9回

カネと女以外のことだったら

 
海江田哲朗
(第12・13号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 ごつごつした太い指が、焼きタケノコの皮を剥いている。いったい、どこまでが皮で、どこからが身なのか。焼け焦げた皮が皿の上に重ねられていく。僕はその様子をじっと見ていた。

「こんなもんだろ。ほれ、食え」

 タケノコの白い部分にかぶりついた。か、かてえ。見かけは食べられそうだけど、皮になりかけているところだよ。前歯で噛み切れず、無理やり口に押し込み、もぐもぐやってのどに通した。気づけば、十数年ぶりに会った人にさっそく世話を焼かせている。しょっぱなからこんな具合では調子が狂っちゃうなあ。上の歯に挟まった繊維を舌で触りながら、どう話を切り出そうか考えていた。

 駆けだしライターの頃にお世話になった、ノンフィクションライターの古木杜恵さんとの待ち合わせは、新宿の紀伊国屋書店の前だった。週末で混み合うことが予想され、歌舞伎町の居酒屋に予約を入れておいた。店に案内するまで不手際があってはならんと、道順は事前にリサーチ済みという念の入れようである。約束の時刻、雑踏のなかから古木さんは不機嫌そうに現れた。ご無沙汰しておりますと頭を下げ、共通の知り合いの近況など当たり障りのない話をしながら店に腰を落ち着けた。

 この時期、旬のタケノコをむしゃむしゃやっている僕をよそに、古木さんは煙草に火をつける。

「で、どうすればいいんだ? おれに訊きたいことがあるんだろうが」

 そもそも説明が足りていなかった。電話では、「借りたら返すってやつをやっておりまして。まあその、ちゃんと返せるものばかりではないんですが、とにかくちょいとお時間をいただけませんか?」と、しどろもどろになりながら話した。古木さんはからから笑って言った。「おまえに何か貸した憶えはねえけどな。酒でも飲ましてくれようってのか?10万くらい用意しとけよ」。


 
 ただでさえ緊張する相手なのに、こちらの出方をじっくり見られて気分が落ち着かない。プランらしきものは練っていたのだが、タケノコと一緒にきれいさっぱり飲み下してしまった。それで出てきたのが、昔の自分ってどうでしたかね、という甘ったるい質問である。

「慌てんぼうだったな、おまえは」
「そそっかしいミスをよくやらかした」
「人にはあまり強く出られるタイプじゃなかったな。もっとも、押しが強ければいいってもんじゃないが」
「バイトの連中で、実際のところ根性のあるやつは少なかった。みんな、漠然とした憧れだけあって」

 出てくる出てくる。言葉のつぶてを浴び、早くもよれよれになりそうだ。そうは言っても、どこかひとつくらいはいいところがあったのでは、とずうずうしく水を向けてみた。前もって、どこがダメだったのか聞かせてほしいとは言ったけどね。2、3発ぶたれたら、アメ玉ひとつくらいは欲しいじゃないか。

「人の言うことを聞いて、一生懸命やろうとはしてたな」

 と、いかにも月並みである。もうひとつ、ふたつ出てこいと念じたが、どうやら売り切れの模様。古木さんは銀杏をつまみながらビールをぐびぐび飲んでいる。

 聞けば、古木さんは4年前に一度は引退宣言したそうだ。が、知人から旅行雑誌の編集とライティングを手伝ってほしいと頼まれ、現役に復帰している。2011年に起きた東日本大震災では、ライフワークである災害救助の取材を行い、原発事故のあった福島の警戒区域にもがんがん乗り込んで行ったらしい。見るからに元気そうである。

「いまの編集部に入るときは、フリーになって初めて健康診断をやったぞ。検査の朝、かあちゃんに今生の別れだと挨拶したなあ。だが、結果はなんともなかった」

 そんなこったろうと思った。余計な心配をしたもんだよ。話は次第に逸れ、近頃の出版業界で働く人々の話題になった。

「編集、ライターともにきちんと訓練を受けていない人間が多すぎる。やってらんねえぞ。こないだ、ある女のライターが記事に付けるプロフィールを送ってきてな。自分のことをプロインタビュアーだと。インタビュアーにプロもアマもあるもんか。はったりをかますことばかりに気がいきやがって」

 まったく、どうかしてますよね。この場にいない他人が怒られているのは、100年でも我慢できる。

「原稿は読者に向けて書くもんだ。これは絶対だ。ところが、政府観光局の招待付きの取材になると、そっちを意識して書くライターがいる。相手に気に入られようと思ってな。話にならんよ」

 聞いているうちに、だんだん自分が怒られているような気になってきた。身が縮み、料理に箸をのばすこともままならない。目の前の焼き鳥はすっかり冷めているだろう。

 白髪鬼、健在である。だいたい、歳をとると人間が丸くなるって言いますけど、そのへんどうなんでしょうか。

「歳をとればとるほど腹が立つことは多いな。これでも家族に言われて、少しは自制しているんだ」

 そうなんスか。僕も頭にくることはしょっちゅうあるけど、それが増えつづけるとしたら困るなあ。

「イライラすんのか? それで泳いでいけるやつはいいさ。平然としていられる人間ならな。イライラしてどうしようもないならほかの場所を探せ。働き盛りの男がストレスを溜めてどうすんだ」

 そういうもんですかねえ。さておき、いよいよ本題に入る。あらたまって聞くのもヘンな話ですけど、最近何かお困りのことありませんか? 

「困ったことね……」

 カネと女以外のことだったらなんなりと。あ、コロシとかもちょっと勘弁ですが。

「ある! 介護保険の問題だな。とんでもねえことになってるぞ。月に一回集まって、勉強会をやっているところだ」

 いや、そういうことじゃないんスよ。スケールがでかすぎて、僕の手には負えません。

「じゃあ、どういうことだよ」

 もっと身近なことで何か。そうだ、さっきお子さんの話になったじゃないですか。今年、新卒社会人と大学生になったばかりですよね。生意気を言うようだったら、僕のほうからガツーンと言ってやりますよ!

「いや、いい。おれの言うことはちゃんと聞く」

 古木さんは腕組みをしてしばらく考えていたが、当面は特に何もないという。こちらとしても、そう都合よく出番があるとは思っていなかった。そのうち思いついたらいつでも連絡をくださいということにし、話を切り上げた。

 店の前で別れ、古木さんは新宿の街に消えていった。角を曲がるまで見送りながら、ああそうだったんだといまさらのように僕は思う。

 胸を張って、堂々と歩け。自分の始末は自分でつける。いつも後ろ姿を見ながら、そのふたつを教わったのだった。
 
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迫力ありすぎるんだよ!

 
 
 
-ヒビレポ 2015年6月1日号-

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