MAKE A NOISE! 第65回

メリル・ストリープのお言葉(第1回をご参照下さい)に従い、まだ知れ渡っていない面白い映画をロンドンからMake a noise!
 

正統派

 

山口ゆかり
(第16号で「どんなに幸せでも罪悪感と孤独感はぬぐえない」を執筆)
 
 
 
 
 知れ渡ってる文学作品の映画化は、あまり見る気が起きません。ストーリーを追う喜びが無いから。どう料理したか興味なくもないけど、観て知るストーリーの方がやっぱりうれしい。それでも、観ずにいられなかったのがアンドレア・アーノルド監督『Wuthering Heights』。そう、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』です。

 セクシャルなテンションをストーリーの推進力とするアーノルド監督のスタイルは、長編監督デビュー『Red Road』から既に完成していました。
 『Red Road』は、CCTV画像監視を仕事とする女性が、画像の中に青姦している男を見つけ、激しい衝撃を受けるところからスタートします。浮気夫を見つけた妻とか、過去に手酷い目に合わされたとか、当然、何かあった男女と予想して、観ていくのですが…
 画像を頼りに男を探し出す女、でも、男の方は女が誰だかわからない、どころか初対面っぽい。その男を誘うような女、何があったのか、何をしようとしているのか、2人の間のセクシャルなテンションがそのままスリルとなり、どんどん上がっていくボルテージは天上知らず。
 ここまでで、『氷の微笑』みたいな美男美女によるスタイリッシュ・セクシー・スリラーを思い浮かべたとしたら、ごめんなさい、全然違います。イギリス労働者階級の生活感あふれる舞台と登場人物で、次第に明かされる2人の関係も生活者としての背景がしっかりあるドメスティックな哀感漂うお話。アーノルド監督作が好きなのもそこです。
 
 
 

 
 『Red Road』には丸出し性描写がありますが、ラース・フォン・トリアー監督絡みの映画と聞けば、なるほど。生性描写で知られるトリアー監督らによるトリロジー・プロジェクト「アドバンス・パーティー」の第一弾にして大成功作が『Red Road』でした。「アドバンス・パーティー」は、背景が作ってあるキャラクターを、3人の新人監督がそれぞれに発展させて映画を撮る3部作プロジェクトです。暴言や変人ぶりが取り沙汰されるトリアー監督ですが、新人を育てるようなこともしてるんですね。えらいなあ。
 そのトリアー監督とアーノルド監督、同じ丸出しでも、方向が真逆。アーノルド監督作のヒートアップしていく熱量にはすごいものがありますが、トリアー監督の描く性交は寒々として、そんなものに突き動かされる人間の悲しささえ思わせます。欝を患っていると性欲も減退するそうですが、トリアー監督も欝気味なのでそういう表現なのか、そういう人だから欝を患ったのか。

 その段でいくと、アーノルド監督は活力満々なのでしょうか。長編2作目が第61回にあげた『フィッシュ・タンク』で、こちらも15歳の少女と母の情夫とのセクシャルなテンションが前半の山となります。後半にはそれが崩れ現実が見えた少女が1つ大人になるカミング・オブ・エイジ・ドラマになってます。

 そして3作目が『Wuthering Heights』。丸出し『Red Road』から、丸出しじゃないヌードの『フィッシュ・タンク』、あまり肌の見えない『Wuthering Heights』と露出度は減ってますが、官能度はむしろ上がってます。大人になりかけた頃のヒースクリフとキャシーのシーンはほぼそれで押してきます。相乗りした馬上、ヒースクリフの鼻先をかすめるキャシーの髪の毛だけでゾクッ。アーノルド監督、そのうち道端の石ころでゾクゾクさせるくらいになるかもしれません。
 

 
 思うのですが、露出度と官能度って、あんまり関係ないですよね。無修正映画を見慣れると、モザイクとかボカシがあるほうが、よっぽどエロいと思うようになりました。そんなこと止めて、年齢制限だけでいいのに。子供だったら、グロテスクさにショック受けることもあるかもしれませんが、大人は自分のを見てるわけだし。モザイクとかボカシって、ここがエロいです!と注意を引き、想像力を掻き立て、エロ度を増してる気がします。あっ、それが目的?

 さて、『嵐が丘』さえ自分流にしてしまうアーノルド監督の力技に感嘆しつつ、その技を確認するためにも正統派が観たくなりました。そしたら、そっちも良かった。1939年のウィリアム・ワイラー監督版は堂々ローレンス・オリヴィエにマール・オベロン、デヴィッド・ニーヴンも出演の豪華版。
 

 
 おおもとの話は同じなのに、何もかも違うと言っていいほど違う両作の中でも一番大きい違いは最後。アーノルド版は、そもそもの始まりとなった、屋敷にきた頃の幼く不安げな子供ヒースクリフの声を聞かせて、ギュッと胸を締めつけ、涙腺大爆発しそうでしたが、オリヴィエ・ヒースクリフは永遠の愛を示唆する画面の中に消えていく!驚くなかれ、これがちゃんと良いのです。

 今のご時世、永遠の愛とか、そんなご大層なことは無理。当時は作る方も観る方も、それを成り立たせる下地があったからこそ、臆面もなくやれて成功したのでしょう。現代に通じる『嵐が丘』ということではアーノルド監督版がベストでしょうが、名作と称されるのは、やはり1939年版の方で、それはしょうがないかとも思います。

 いや、今の時代でも永遠の愛を謳ってますね、『トワイライト』とか。友情と正義なら『ハリー・ポッター』かな。ファンタジーとかSFの中にしか、ご大層なものが生き残れない時代なのだなあ。でも、名画が作りにくい代わりにアーノルド監督みたいな才能が現れるなら、そんな時代も悪くないです。次作となる『American Honey』はアーノルド監督初のアメリカ映画でシャイア・ラブーフとか出るらしいので、きっと日本でも公開されると思います。楽しみにしていてください。
 
 
さて、今回は意外と良かった正統派映画でしたが、次回も予想を裏切り良かった映画です。

 
 
 
 
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-ヒビレポ 2015年6月11日号-

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