レッツゴー!町中華探検隊 第11回

mag

昭和2年、兄弟ではじめた「平和軒」

 
下関マグロ
(北尾トロ→下関マグロ→増山かおりの輪番連載)
 
 
 
 

01
 
前回、北尾トロが大崎の平和軒のことを書いていたので、その補足から書こうと思う。

町中華を研究する者にとって、平和軒というのはとても重要な店だ。
場所は山手通りから、大崎警察署の交差点を峰原坂をのぼる途中の路地を入った場所にある。路地といっても狭い石段があり、それをのぼっていくわけで、場所はわかりにくいかもしれない。
 
02

住宅街の中にこつ然と現れる平和軒。品川区大崎3-1-16


 
『ぴあ品川大崎大井町五反田食本 2013』にこの店が掲載されている。それによれば創業は昭和2年とある。そして、この場所で営業を始めたのが昭和40年(1965年)だそうだ。創業から今年でちょうど半世紀になる。現在のご主人が三代目だそうだ。

 
03

町中華探検隊のメンバーも昭和なたたずまいに驚きを隠し切れない。

 
ネットでいろいろな人たちがレポートしているのだが、それらをまとめると、昭和2年に兄弟で創業したそうだ。
 店名の平和軒とは逆に、世の中はどんどん戦争へ向かっていく。店主も兵隊になり、終戦で戻ってくると店は焼け落ち、自宅も戦後のゴタゴタで失ってしまったそうだ。それで、五反田西口の東興ホテルの前から屋台で再スタートする。その屋台は人気であっという間に五反田駅前の新開地(今はもうない)にお店を構えるようになり、昭和40年に兄弟は別々の店を持つことになる。

前回、北尾トロが西五反田にも平和軒があるが関係ないと書いていたけれど、実はおおいに関係がある。兄は大崎、弟は西五反田にお店を出した。
 
04

こちらが西五反田の平和軒。オリジナルの暖簾が素敵だ。品川区西五反田7-18-4

 

2つの平和軒にはこんな物語があったのだ。というわけで、大崎の平和軒の暖簾をくぐる。前回の北尾トロの記事でもわかるように暖簾はボロボロ。と、テーブル席が2つあった。その奥には広い座敷席があり、隊員4人もゆったり。

 
05

写真撮りまくりの増山隊員

 
「散歩の達人」(交通新聞社)2011年9月号に同店が掲載されている。そこにはご主人が麺を茹でて入る写真が載っているのだが、そのキャプションにはこうある。

職人技が必要な“さで(平ざる)”を使う店は、最近は少ないとか

スープや麺は基本的に昔からのものをそのまま出しているようだ。本文には「自家製はサツと湯をくぐらせるだけで、ちょうどいいコシになるよう仕上げている」とある。麺をさででさばいている図は、まさに昔のラーメン店、あるいは屋台を思わせる。ならばここはラーメンでしょう。値段は470円。

 
06

平和軒のラーメン470円。価格もさることながら味もいい。

 
豚骨と鶏ガラスープは、オーソドックスながらも個性的。やさしめの醤油味だ。自家製麺だそうだが、なんと先の「ぴあ」によれば、この店の地下に製麺所があるのだそうだ。

チャーシューがなんとも昔っぽい。噛みごたえのある脂身。チャーシューの煮汁で煮込んだ真っ黒いメンマも見た目ほど濃い味つけではない。

いやぁ、これは平和軒巡りをしたくなる。

そして、先日、町中華探検隊は武蔵小山を攻めた。ここにも平和軒があった。
 
07

平和軒 品川区小山3-13-1

 
この武蔵小山攻めにはトロ隊長、半澤隊員と私の3人が参加したのだけれど、平和軒は選ばれなかった。ネットの情報によれば、こちらの平和軒は西五反田にある平和軒の二代目ご主人の弟さん夫婦がやっていらっしゃるそうだ。

雑誌にしろネットにしろ、情報が断片的なので、この平和軒ストーリーを探検隊の誰かが徹底的に取材してみるのもいいかもしれない。

町中華探検隊のFacebookページが稼働中。http://u555u.info/lar8

というわけで、下関マグロのレツゴー!町中華探検隊はこれが最期です。これまで読んでくださった方に感謝です。あと2回、増山さんと、トロの回があります!

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年6月13日号-

Share on Facebook