二代目『薔薇族』編集長の作り方 第12回

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『薔薇族』との初接触

 
竜 超
(第19号で「ヤマジュン・コード」を執筆)
 
 
 
重度の中二病患者だった少年が、本邦初の同性愛マガジン『薔薇族』の二代目編集長になるまでを描く大河ロマン(自称)……今回は、ぼくが初めて『薔薇族』と接触した当時について語ります。

ぼくがまだHPマスターだった2004年のある日、1通のメールが送られてきた。
差出人の名は「伊藤文学」。
そう、現在ぼくが二代目編集長をやっている『薔薇族』の創刊編集長である。
「……へ〜、もう70超えてるのにメールとか出せるンだ」
などと思いながら開いてみると、それは「許諾願い」だった。
ぼくが以前にHPに載せたコラムを、『薔薇族』の自分の連載エッセーに引用させて欲しい、というのである。

「べつに構いませんよ」と返信したのだが、じつはそのコラムは「およそ1年くらい前に発表したもの」だった。
「……なんでまたこんなに経ってから云ってくンだろ?」とそのときは不思議に思ったのだが、その謎は文学氏と関わるようになってから解けた。
氏はパソコンどころかワープロにすら触ったことのない人で、ぼくの文章は当時のスタッフの1人がたまたまネットサーフィン(←死語)中に見つけて、「こんなのがありましたよ」と渡したのだそうだ。
ぼくに送ったメールにしても、原稿用紙にペンで書いた文面をその人が代理入力してくれたのだという。


 
ちなみに、引用されたコラムとは以下の内容のモノだった。
「我々は『薔薇族』と伊藤文学に、我々はもっと敬意を表するべきである。確かに時代遅れの雑誌ではあるかも知れないが、『薔薇族』は日本の同性愛マスコミの草分けであるし、伊藤文学はそれを私財を投じて起ち上げてくれた恩人なのだから」
じつは当時の『薔薇族』は、ゲイ当事者の間では「新たな時代の流れに水をさす悪しきロートル雑誌」と見られ、敵視されていたのだ。
批判することは良いことだと思うのだが、それは「是々非々」でなければいけない。
たとえ「目障りな相手」であったとしても、「功」の部分はキチンと認め、相応な評価をするべきである。
「ゲイ当事者間ではそれがやれていない」とぼくの目には映ったので、お節介を承知で『薔薇族』を擁護する文章を書いて公開したのだ。

とはいえ、その頃の『薔薇族』は、雑誌としては末期的様相を呈していた。
「毎号がルーティンワークの連続」といった感じで「意外性」が皆無な状態だったのだ。
しばらく前に「今号からページを減らします。そうしないと発行が継続できないからです」という文学氏の哀しい断り書きが載り、実際、ガバッと薄くなったりしたので、「あンまり先は長くないのかな?」とか思っていたのだが……ぼくのコラムの引用号が出てからほどなくして「あの『薔薇族』が廃刊に!」という記事が『朝日新聞』に掲載されたのであった。

このあたりについては『レポ』最終号に詳しく書いたので、こちらではダイジェスト版でお届けします。
(1)休刊になってもなお『薔薇族』を軽んじ続ける当事者メディアに憤ったぼくが、33年の歴史を検証するミニコミを作成した。
(2)それを気に入った文学氏から、翌年から他社で復刊される『薔薇族』のスーパーバイザー(外部監修者)になってくれないかと打診される。
(3)これまでの『薔薇族』を壊して全く新しいものにしてもいいなら引き受けます、という条件を文学氏が呑んだのでスーパーバイザーに就任。

そこからおよそ300日間、復刊『薔薇族』編集部にワラジを脱いだわけだが、その間の日々を振り返ると「バタバタだったけど面白かったなァ〜」という感じであった。

ぼくがいま作っている『薔薇族』は「全額ポケットマネーのインディーズマガジン」であるため、いつもカツカツの状態なのだが、復刊版は「フツーの出版社から出されるフツーの商業誌」であったため、自分の権限でソコソコのお金を使うことができた。
現在はギャラも謝礼も出せないため、外部の人に協力をお願いしにくい状況だが、あの頃は「書いてほしい人」に連載をお願いしたり、「語って欲しい人」にインタビューさせてもらっていたなァ。
『レポ』の関係者で云えば、安田理央氏に「異性愛者の眼にゲイの世界はどう映る?」というテーマのロングインタビューをさせていただいたし、下関マグロ氏には「糖尿病」に関するエッセー連載もお願いした。

このあたりの人選を見れば判るかと思うが、ぼくはとにかく「ヘンな雑誌」を作りたかったのです。
毎号どんな書き手やゲストが登場するのか開いてみるまで判らない雑誌。
旧来の「ゲイマガジン」のイメージとかけ離れた雑誌。
……それはつまり、ぼくが「面白くない」と感じていた当時の『薔薇族』の「正反対」をゆく雑誌なのである。
メディア黄金期のテレビマンや編集者は、よく「自分の仕事の醍醐味は『他人のお金で遊ぶこと』である」とか語っていたが、バブル崩壊後の時期にソレに近い感覚を味わわせてもらえたのはホントにありがたかったと思っている。

取材も色々受けたなァ〜。
深夜テレビに夕刊紙、変わったところでは『彷書月刊』にもチョロッと出させていただいた。
けれども版元上層部とぼくの意見が真っ向から異なり、編集方針で迷走が続いた結果、残念ながらマグロ氏の初登場号(2006年1月号/復刊8号)がそのまま「再休刊号」になってしまった。

たら・ればを云っても仕方がないが、ぼくの立てたプランに沿ってブレずに制作を進められていたら、もうちょっと寿命は長かった気がしている。
最低でも1年以上続けられていたら、絶対ソレナリに読者はついていたと思うのだ。
もちろん当時、もうすでに「出版不況」というコトバが盛んに用いられていたから「盤石」とまではいかなかったろうが、「わずか8カ月でTHE END」とはならなかった気がするのである。

それでも、当時の編集スタッフ(みんな異性愛者)とは10年以上経った今でも深い付き合いがあり、現在の『薔薇族』を応援してくれている。
新しい号が出るたびに酒席を設けて激励してくれるのである。
そうした信頼のおける仲間ができたことは、あの8か月間で得た最大の財産であると思っている。

竜超版『薔薇族』は、1971年創刊の初代版から数えて「第五期版」にあたる。
つまり、今回取り上げた「復刊版」の後に「3期版」と「4期版」があるわけだが……それについては次回語ります。
……あ、次週はいよいよ最終回だ!
ひゃ〜、3か月間なんてあっという間だなァ〜。
 
ヒビレポ用イラスト(12)-s
 
 
 
 
-ヒビレポ 2015年6月12日号-

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