レッツゴー!町中華探検隊  最終回

kitao
下北沢丸長の座敷にて

 
北尾トロ
(北尾トロ→下関マグロ→増山かおりの輪番連載)

 
 
 
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 6月半ば、MCT(町中華探検隊)は下北沢にいた。増山隊員こそ参加できなかったが、下関隊員、半澤隊員、北尾がそろい踏みし、ゲストも1名。この日は竜超の入隊試験が行われることになっていた。
 男5人が眼光鋭く、町中華を探しながら街を行く。下関隊員の下調べでは、再開発で大きく変わった下北沢は町中華の灯が消えつつあるエリア。そのとおり、これはという店どころか町中華と呼べる店さえほとんどない。以前、大井町を歩いたときもなかなか発見できずに苦労したことを思い出す。再開発は町中華を根絶やしにする元凶かもしれない。
 だが今日の我々には竜がいた。駅前の喧騒を逃れ、茶沢通りを少し行くと、ザ・町中華といいたいような外観の「丸長」が現れたのだ。
 
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程良く枯れた店構え。開店は昭和30年(近くの狭い店舗で昭和28年創業)というから、この場所で60年営業している。

 
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定食が売りの店だと推測できる

 
 竜はここを幾度も利用しているという。
 そして、食欲には自信ありとの発言を裏付ける食べっぷり(皆がちょうどいい腹具合になったところでレバニラ炒め定食を追加し楽勝で完食)により入隊試験も難なくクリア。晴れて竜隊員が誕生した。
 
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 しかし、この日の収穫はそれだけではなかった。MCTの活動は、隊員が集まって町を探索し、1軒の店を選んで食べまくるのを基本とするが、B級グルメを気取りたいとか、うまい店を探し当てたくてやっているわけじゃないのだ。うまいに越したことはなく、食べたら食べたで味が濃いだのしょっぱいだの出汁が出ているだのそこはかとなく品があるだの言い合うわけだが、徐々に減りつつあり、今後加速度的に姿を消してゆくであろう町中華を記録していくのが大きな目的なのである。
 各々物書きの端くれとして、個別のテーマを設定、追求することも推奨されている。したがって、ゆくゆくは今日のような食事の席では研究発表というか現状報告というか、興奮のあまり餃子の肉汁が飛び散り、新事実の発表にテーブルが激震する光景が繰り広げられる予定…ではあるが、いまのところは「うまい、うまい」と言いながらワンタンや焼きそばを回し食いしていた、が…。
「ここは丸長グループの一員だね。丸長の長はどういう意味か知ってる」
 下関隊員によれば、長は長野の長らしい。かつて長野から東京に出てきて、蕎麦屋をやろうとした人たちが、ラーメンの存在を知って方向転換。それが当たり、戦後、中華界の一大勢力になっていったという。丸信、そしてお馴染の大勝軒のルーツも丸長だそうだ。
 
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 そのあたりのことをご主人に尋ねているうちに、全盛期ほどではないが現在も丸長グループが存在することが判明。半澤隊員が前のめりになり「自分は丸長研究をやってみたい」と発言。いよいよ個人テーマを持とうじゃないかと盛り上がったのである。
 今日のところは思い付きレベルであり、増山隊員も不在なのでおおざっぱであるが、初期の活動記録として、現段階でのテーマを想定してみよう。

北尾 浅草〜日本橋における戦前中華の研究、満州引き上げ派と町中華、カツ丼オムライスカレーに見る町中華の取り込み力

下関 オリジナルすぎるメニューはなぜ生まれるか、来日系中華、痺れる化調(化学調味料)

増山 ちんまん研究(珍、満)、味のある店主、建造物としての町中華物件

半澤 丸長野球部の軌跡、やきそば研究

竜 定食・セットメニューと町中華

 こうして適当に並べただけでも、軽く一冊の本ができそうなほど、町中華の奥行きは広い。もちろん食べ歩きや町探索はベーシックな活動として継続しなければならない。
 立ち上げから1年半。機は熟しつつある。ヒビレポの連載はこれで終わりになるけれど、MCTは以後、様々な形で読者諸氏の前に現れることになるだろう。我々は健康状態をキープし、過剰な化調、塩分、油に耐えうるコンディションを維持しなければならない。いまはまだ未開発な”残す勇気”、先方にまったくメリットがないのに食い下がって取材を敢行していくねちっこさにも磨きをかけなければ、おそらく乗り切れまい。
 最後はやっぱり愛と使命感になるなあ。どうしても伝えたい。記録に残したい。それは、ぼくたちにとっての”昭和を見届ける”仕事なのだ。
 
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P.S
フェースブックページを作りました。活動状況など、随時報告してます。
町中華探検隊FBページ http://u555u.info/lar8

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2015年6月6日号-

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