借りたら返す! 第12回

ハードボイルド・ファーザー

 
海江田哲朗
(第20号で「東京スポーツ番外地」執筆)
 
 
 
 ゴールデンウィークの一日、埼玉県朝霞市の実家に赴き、食卓を囲んだ。両親、弟夫婦とその息子、僕と妻の7人。集まるのは正月以来となる。

 父、勉が何事か熱弁を振るっていた。

「まずは鶏卵の白身、次にふきの葉のしぼり汁、青梅を潰したもの、それに清酒を少々。これらを混ぜて一気に飲み干すんじゃ」

 これを飲めば脳卒中を防止できるらしい。ほんとかよ。先月の同窓会で仕入れてきた情報だそうだ。いやそれにしても、不味そうだね。

 テーブルの料理はあらかた片付いている。そろそろいいだろうと、僕は深刻なトーンで話を切り出した。じつはさ――。

「ふきの葉って、どこで手に入るのかしらね。もう困っちゃうわ」

 母、由美代が言う。その話、さっき終わったじゃん。なんで戻すのさ。やり直しだ。ところで、昔の話なんだけど――。

「ふきの葉がなければ話にならん。どうにかして調達せねばなるまい」

 ほら、また親父の話が始まっちゃったよ。いったん話しだすと長いんだ。焼酎をぐびぐびやって、孫の顔を見ながら相好を崩し、ご機嫌そのものである。気を取り直して、あのさ、おれ2回も留年しちゃって――。


 
「ふきって、時期はいつだっけ?」

 と、弟の雄司。おまえは黙ってろよ。前フリとして、さりげなく親への借金の話をしたら、車の購入費などすべて完済しているそうである。兄を反面教師としたのか、しっかりしてやがる。義妹は、さすが私の夫という顔であった。妻はといえば、黙々と料理を口に運んでいた。

 そこからしばらくは、広瀬すずの博多弁(明星「一平ちゃん」のCM)が可愛いだの、安倍首相はいかれポンチだの、どうでもいい話に時間を費やした。

 が、こうしてばかりもいられない。僕は居住まいを正し、余分にかけてしまった学費約160万円の借金があること。知らんぷりをして申し訳なく思っていること。返すつもりでいるから、待ってほしいと話した。聞き終えた勉は、宙空をにらみながら言った。

「いつかおれを介護するとき、ビールを口に一滴たらせ。それでいい」

 勉はキマッたという顔で、満足そうにグラスを傾けた。なんだ、そのハードボイルドな指示は。大藪春彦、北方謙三を気取ってんのかよ。それでチャラならお安い御用だけど、生きているときにやること? 実際、そんなこと唐突にやられたら、絶対に怒るだろ。

「怒らない。いいか、ビールを一滴だ」

 だいたい勉にはこういうところがある。数年前、弟夫婦に連れられて岐阜観光に訪れ、山頂にそそり立つ岐阜城を眺めて感慨深げに言ったそうだ。「これは攻めにくそうじゃのう。落とすのは容易ではないぞ」。こっちは戦国武将気取りである。

 それにしても、ここまで相手にされないとは思わなかった。まったく本気にされていない。「ふたりで仲よく暮らしてくれれば、お母さんはそれでいいわ」と由美代である。

 両親はどこかのタイミングであきらめたのだ。なかったことにしようと内々で処理した。それともはなから期待していなかったか。その事実が重くのしかかる。

「こないだラジオで聴いたぞ。ノンフィクション業界は大変じゃと、北尾トロさんが。ま、がんばれ」

 勉はそう言って、風呂に入って寝ると自室に引き上げた。

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九州に里帰りしたときの一枚。

 
 
 
-ヒビレポ 2015年6月22日号-

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