月に吠える的日記@新宿ゴールデン街 第3回

文学は自由だ

コエヌマカズユキ(第4号で「デスマッチ・ブルース」執筆)

 シャカシャカと音を立てて、僕はカクテルのシェーカーを振っていた。一方、カウンターを隔てた客席の床に寝転がり、若い学生がシャカシャカとチ○コをしごいていた。どこから見つけてきたのか、段ボールでついたてを作り、局部だけを隠している。
「サチ〜、サチ〜、お前は俺が世界で一番愛してる女だぜ! サチ〜!」
 彼のことなど気にしない様子で、中年男性がマイペースでグラスを傾けている。彼は学生の先生で、文学部の教授だ。先生と教え子が、ゴールデン街で数件飲んだ後に、「文壇バー」の看板に目を留め、二人で「月に吠える」に立ち寄ったのだ。
「自由こそ文学」
 教授はそう呟いて、生徒の行為を気にも留めない。「月に吠える」にやって来たとき、学生はかなり酔っていた。元々酒が弱いらしい。それなのに、イエガー・マイスターをロックで頼んだものだから、酔いにさらに拍車がかかった。おまけに彼は、つい最近失恋をしたそうで、その相手が忘れられずに、このような行為にふけったそうだ。

 お店のトイレならまだしも、客席で自慰行為にふけるなど、本来なら問答無用で追い出すところだ。だが僕が辛うじて許容していたのは、幾つかの理由がある。ほかに客がいなかったことと、彼らの大学が僕の大学と同じだったこと、失恋の悲しみは僕も痛いほど知っていること、そして一番大きいのは「絶対ネタにしてやる!」と目の前の出来事を面白がっていたからだ。

「マスター、ティッシュあります?」
「はい」
 僕は箱ティッシュを学生に放り投げる。カルーア・ミルクを作るときに、ミルクを床にこぼすことはあっても、さすがに若い学生のミルクをこぼされるわけにはいかない。学生がシャカシャカを続けている間、僕は教授とJ・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」で、主人公のホールデンが、ルームメイトにフルネルソンをかけるシーンについて語った。教授は変わり者のオーラを出しているが、信頼できる人物ということがすぐに伝わってきた。そのせいか、ライ麦畑の話を終えると、僕はちょっとしたグチをもらした。
「文壇バーなんて名乗ってますけど、僕は本当はノンフィクションの方が好きなんです」
 文学崩れの酔っ払い客に絡まれることがしばしばあり、少々疲れていたのかもしれなかった。すると教授は言った。
「ノンフィクションだって立派な文学。ロックだって何だって同じ。文学は自由なんですよ」
 心のつかえがスッと小さくなった。何だか飲みたくなって、僕は自分のためにビールを取り出した。

 シャカシャカという音が止んだ。学生が情けない顔で、モゾモゾとパンツを履いている。
「終わったんですか?」
 僕は聞いた。
「いえ、途中でしぼんじゃいました……マスター、こんな変態のクソ野郎で、本当にすいませんでした」
「すいませんでした」
 教授も一緒に頭を下げてくる。怒ろうという気持ちは、やはり沸かなかった。どんな形であれ、思いを表現することは、文学なのだ。酔っ払い文学崩れのように、それを理解しようともせずに否定してはいけない。

PS 面白おかしくネタにしましたが、こんな経験は一度で十分です。もし同じことをした人がいましたら、当たり前ですが即追い出します

<先週の売り上げ>
10月1日(月)10,200円
10月2日(火)9,800円
10月3日(水)5,250円
10月4日(木)5,800円
10月5日(金)32,600円
10 月6日(土)2,680円
10月7日(日)14,700円

合計81,030円

-ヒビレポ 2012年10月19日-

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