月に吠える的日記@新宿ゴールデン街 第4回

胸くそ悪い夜

コエヌマカズユキ(第4号で「デスマッチ・ブルース」執筆)

 

 店に入ってきたとき、青年の顔は引きつっていた。腕を女にしっかりとつかまれ、逃げようにも逃げられない様子だ。
「マスター、水割り二つ作って。はい、あんたはそっち座って」
 20歳にも40歳にも見える、化粧が濃くて年齢不詳の女は、青年を奥の席に座らせると、その隣に腰を下ろした。タバコを取り出して火をつけ、煙を吐きながら青年に顔を近づける。
「あんた、何ビクビクしてんの? いやあね、リラックスしなさいよ! 楽しみましょうよ、この店いい店なんだから! あ、マスターも何か飲んで」
 青年は明らかに不安そうだ。助けを求めるように僕の方を見てくる。ちょうど入れ替わりで客が出ていき、店内の客は二人だけになった。
「何突っ立ってんのよ。水割り二つ! 早くしなさいよ!」
 注文に応じようとしない僕を、女が急かした。
「帰ってください。もう二度と来ないでください」
 僕は言った。

 少し前にも、女は店に来たことがあった。そのときも、彼女は気弱そうな青年を引きずるようにして入ってきて、水割りを注文した。富山から来たという青年は、友人に会いに東京に来たが、どういうわけか連絡が取れず、途方に暮れてゴールデン街付近を歩いていたところ、女に声をかけられたのだという。泣き出しそうな顔で、青年は言った。
「この人に声かけられて……ここに来る前もいろいろ連れて行かれて、お金だけ払わされて……すごい額使ったんですよ!何で全部僕が払わないといけないんですか!」
 その言葉に女がすぐに反応した。テーブルをバンと叩く。
「連れて行かれたって、何言ってんだよ、お前! あたしが一方的にお前を連れまわしてるみたいじゃねえかよ! いい、あたしたちは一緒に飲みに来てるの。あなたがここにいるのは、あなたが来たいって言ったから、そうでしょ?」
「……」
「違うのかよ、ええ、お前!? 答えろよ!!」
 女が大声を上げ、青年は助けを求めるように僕を見る。
「お客さん、大きな声を出さないでください」
 僕がなだめると、女は舌打ちし、ほとんど減ってない2つのグラスを突き返した。
「お替わり」
「またほとんど飲んでないじゃ……」
「早くして!」
 女が僕をにらみつける。たまらず僕は青年に向き直った。
「まだ残ってますよ。いいんですか?」 
 青年は何も言わなかった。彼が答える前に、女は大声でエロ話を始めた。放送禁止用語を連発し、青年が戸惑うのを見ては大笑いした。
 この女はキャッチだった。店に客を連れて行って飲ませる代わりに、売り上げの半分をもらって生計を立てているのだ。お替わりをバンバンさせるのも、作戦のうちなのだ。お店をオープンしたばかりの頃、店にやって来たこの女に、どのお店もこうやってお客さんを呼んでいるのよ、と言われたのを信じ、じゃあ今度うちにも連れてきてください、と言ったことがあった。そのやり口がこれだったのだ。
「お客さん」
 僕は青年に言った。
「嫌だったら、ちゃんと嫌だと言った方がいいですよ。帰りたかったら、ちゃんと言うべきです」
 女が僕をにらみつけているのが分かったが、どうでもよかった。僕はこの青年が、自分から「もう嫌です、帰りたい」というのを聞きたかった。だがしばしの沈黙の後、青年は何も言わずに目を伏せただけだった。
 その後も女はお替わりを何度も頼み、僕にも飲ませ、支払いは当然のように青年にさせた。帰り際、女はそっと売り上げの半額を僕に請求した。僕はそれを渡し、こんなやり口だとは思わなかった、二度と来ないでください、と言った。女は笑顔でうなずき、青年の腕をつかんだまま、夜の街へ消えていった。
 わずか数十分で、なかなかの売り上げになったことは確かだったが、とてつもない胸くその悪さが残った。女にも、青年にも、自分にも。そして今夜―。

 帰ってください、という僕の言葉に、女は怒り狂うかと思いきや、意外とあっさり帰っていった。僕は拍子抜けしながら、どっと疲れを感じた。悪いのはあの女なのだろうか。それを断れない青年なのだろうか。青年を助けようとしなかった僕なのだろうか。考えれば考えるほどモヤモヤして、どうしようもなく一杯やりたい気分になった。
 女はそれっきり、僕の店に来ていない。すれ違っても、目も合わせていない。

※新宿ゴールデン街や歌舞伎町近辺にはたくさんキャッチがいますが、全員がこの女のような人ではありません。良心的で気のいい人もたくさんいらっしゃいますので、誤解なく。

<先週の売り上げ>
10月9日(火)28,260円
10月10日(水)2,600円
10月11日(木)8,850円
10月12日(金)19,940円
10 月13日(土)16,580円

合計76,230円

-ヒビレポ 2012年10月26日-

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