いきもの事件史 第5回

南太平洋のネッシー

日高トモキチ(生きものなんとか紀行連載中)

「南太平洋にネッシー?!
日本トロール船の漁網に死体 長い首 太い胴 大きなヒレ
全長十メートル、腐臭で投棄

ニュージーランド沖の漁場で四月下旬、大洋漁業のトロール漁船の網に大きなヒレのある爬虫類らしい死体がかかり、ネッシーではないかと騒がれていたことが、このほど仲積船で帰国した乗組員の証拠写真で明るみに出た。腐敗がひどいため、巨体は海中に投棄されたが、写真鑑定に当たった魚類学者らは『首なが竜(プレシオサウルス)のように思えるが、骨の一部でもないと決め手に欠ける』と残念がる。大洋漁業本社では、思わぬ反響から学術的な価値を考え、同海域で操業中の船団に再び死体を回収するよう打電した。果たして貴重な獲物は骨格として回収できるか—-二十日は『海の日』」(1977年7月20日 朝日新聞)

これが35年前、名高いニューネッシー事件の新聞第一報である。よく読んで頂くと判るが、くだんの怪物が網にかかったのは「四月下旬(正確には1977年4月25日)であり、実に3ヶ月ちかくが経過した後の記事だ。おかげで国会図書館で本記事を探すのにいささか苦労した。

もちろん死体が今さら再回収できるはずもなく、この後結論の出ないままに大本営発表が右往左往したのは、リアルタイムで体験なされた向きにはご承知の通りである。
せっかくなので写真も見て頂こう。

画像1 瑞洋丸が引き揚げたなぞの死体

 

決め手に欠けるとのコメントを載せながらも記事は完全に「首長竜の死体発見!」一色だ。他の可能性はいっさい示唆されておらず、論調は明らかに貴重な死体の投棄を責めている。
なにしろ朝日新聞の興奮ぶりはすさまじく、同日夕刊に早くも追加記事が出た。

「涼風誘うロマン 南太平洋の”ネッシー”
世紀の大発見だ シーラカンスに劣らぬ なぜ捨てた 反響ぞくぞく」(7月20日 朝日新聞夕刊)

中一日置いて22日金曜には海外の動向をも伝えてくれちゃっている。

「”南海ネッシー”に本家も驚く 英の放送・新聞 異例の大報道」(7月22日 朝日新聞社会面)

なんでイギリスが本家かっていうと、ネッシーのおるネス湖があるからですね。
実はこの記事で初めて、ロンドンの国立自然科学博物館の魚類学者グリーンウッド博士が語った、
「新聞の写真から見て、この生物はクジラザメ(Whale shark)かウバザメだと思う」
という重要な証言が掲載されている。が、明らかに”アタマの固い外国の学者の見解”っぽい扱いで、これらのサメ類に関する補足説明はまったくない。
そもそも Whale shark をよく知られた和名であるジンベイザメとせずにクジラザメと変な直訳をしてしまっているあたり、書いた人間の生物学の知識にたいへん不安を感じる。
そして同日の夕刊には「座談会 夢広がる海の怪獣」と題し、問題の写真を撮影した大洋漁業の矢野さんと国立科学博物館や東大海洋研究所の先生らを招いてのトークが掲載されたもんだ。

翌23日にはさらにヒートアップ。

「”ひげ”を鑑定すると 魚でもほ乳類でもない とするともしや…」(7月23日 朝日新聞社会面)

はいここで註釈が必要ですね。第一報ではまったく伏せられていましたが、トロール船じつは問題の生物のひげ状の組織の一部を持ち帰っていたのです。で、ちょっと鑑定してみたら上記のような望ましい(爬虫類の可能性を匂わせる)結果が出たので、喜び勇んで記事にしたわけっすね。
これががまるっきり眉唾ものであったことは次第に明らかになるのですが、この時点ではまあ紙面的にも世論的にも怪物の正体は「ニューネッシー」。
24日には読者の「声」らんの冒頭を次の投稿が飾った。

「怪獣の投棄に企業の姿見る 東京都 自由業25歳」(7月24日 朝日新聞声欄)

25歳自由業さん、
「このような大発見をよそみにして目先のことしか考えられないとは、誠に恥ずかしいことではなかろうか」
誠に激越な調子で瑞洋丸の船長を責めてはる。
実際、当時このような声が多く聞かれたわけだが、現実問題として体長10メートルの生物の腐った死体を持ち帰るのは無理だろう。よっぽど数奇者がいれば骨の2〜3本も保存するかもしれんけど。
机の上でものを考える連中はいつでもたいがい勝手なことを言うもんです。

だが翌25日。
衝撃の恐竜生存ニュースを大興奮で報じたその同じ紙面が、いきなり手のひらを返す。しかも一面だ。

「怪獣の”ひげ” 化学分析で判明 サメのひれに似る
主成分たんぱく質 特殊なコラーゲン?」(7月25日 朝日新聞1面)

サメのひれというのは要するにフカヒレであり、ひげ状に裂けることはなんとなく皆さんもご承知ではないかと。
二日前には「魚じゃない」って鑑定してた気がするんですけどね。
さらに社会面も追い打ちをかける。

「ウバザメみたいですなあ
“怪獣”の死体 フカヒレ業者の眼には 『写真もヒゲもそっくり』」(7月25日 朝日新聞社会面)

東京でただ一軒、フカヒレ加工業を営んでいるという江東区の川田さん親子による、
「写真と”ひげ”で見る限りウバザメにそっくりだ」
との証言を載せている。そして第一報から5日目にしてここで初めてウバザメの図と解説を併記した。

続く夕刊を見よ。毒気を抜かれるとはこういう状態だろう。

「怪獣の夢 サメる? ひれはサメと一致
中間報告『断定できぬが…』水産大教授ら」(7月25日 朝日新聞夕刊)

怪獣の夢を見させたのは君らだと思うが。しかしこの見出し、後に同社が創刊するアエラのあれを予感させるものがあるな。
あとは飛び飛びになってゆく日付と見出しの推移をご覧頂こうか。

「『正体はウバザメだ』南海の怪獣
解体二十年のプロが指摘 そっくり、胸の骨」(7月29日 朝日新聞社会面)

「南海の怪獣 また『サメ』説
ヒレに骨格なし ヒゲも魚の特徴」(8月3日 朝日新聞夕刊社会面)

「『ありゃやっぱり怪獣だ』
ヒレ 確かに四つ 『知識不足』…投棄くやむ
大洋漁業『瑞洋丸』の船員語る」(8月5日 朝日新聞夕刊社会面)

「”怪獣”のヒゲは『サメ』
精密分析、ほぼ確定的 東京医歯大 永井教授」(8月6日 朝日新聞社会面)

「”怪獣”信じる現地の人 ニュージーランド
『クジラ説』はあっても『サメ説』なし」(8月20日 朝日新聞夕刊)

「『あれがサメとは』
“ネッシー”発見の瑞洋丸乗組員が帰国 半信半疑、でも『怪獣説』に味方」(8月31日 朝日新聞)

途中に船員やニュージーランドの皆さんの怪獣説を名残惜しげにはさんでるのが切なくも未練がましい。
そして最後の記事は第一報からちょうど2ヶ月後。

「ニュージーランドの”怪獣”やはりウバザメだった
二学者の分析一致」(9月20日 朝日新聞)

こうして騒動はひっそりと幕を閉じた。朝日のマッチポンプ感すごいですね。
なお、最初の写真だけ見ると「これがサメ?」と首をかしげるのが普通の反応だと思うので、最後にかんたんなウバザメの絵を添えておきます。
なんかね。頭のとこが普通のサメとちがってこういう感じなんですよ。

 

画像2 ウバザメさん

 

首長竜なんていないんだと断定するには当たらないと思います。ただ、35年前のこれは、まあサメだったんでしょうね。

 

-ヒビレポ 2012年11月3日号-

Share on Facebook