いきもの事件史 第6回

毒グモ上陸作戦

日高トモキチ(生きものなんとか紀行連載中)

 

「猛毒グモ80匹を発見 大阪の高石市

大阪市立自然史博物館は二十三日、大阪府高石市で熱帯から亜熱帯に生息する猛毒のセアカゴケグモを発見した、と発表した。日本での生息が確認されていなかったが、二、三年前に船の積み荷から上陸していた可能性が強いという。毒性が強く、かまれると数日で死亡する場合もある。同博物館によると、セアカゴケグモは九月十一日に高石市の住人が戸外で一匹の雌を採集し、同博物館に持ち込んだ。
同博物館と日本蜘蛛学会は十一月十五日と十九日に高石市で分布調査をし、マンホールのふたの裏や墓石のすき間など戸外で約八十匹と卵約二十個を発見した。
同学会によると、セアカゴケグモは雌の毒性が強い。かまれると、発汗・吐き気などの症状が出るが、ほとんど数日から数か月で回復する。死亡例は世界で年に数例という。雌の成体は体長八〜十ミリ。黒色で、背中に赤色の帯がある。雄は体長四〜五ミリ」(1995年11月24日 朝日新聞朝刊社会面)

画像1 セアカゴケグモさん

まずはあまりにも完成された殺し屋のヴィジュアルをご覧いただきたい。絵はかんたんだけど。スタンダールも面目躍如の赤と黒である。
冒頭の17年前の記事が、日本における本種の最初の足跡だ。前日まではごく一部の研究者やスキモノを除いてこんなクモの存在などほとんどだれも知らなかったのに、いきなりドカンと「猛毒グモ80匹」ですよ。おまけに「毒性が強く、かまれると数日で死亡する場合も」と来ればこりゃあもう恐怖のどん底ですね。
しまいまで読むと、ちゃんと「症状はほとんど数日から数か月で回復」「死亡例は世界で年に数例」で、そんな大騒ぎするようなもんでもないのがわかるしくみになっているが、そんなのはいかにも後出しだ。「かまれれば数日で死ぬ猛毒グモの日本初上陸」の報に、メディアや自治体は目の色を変えた。

分類としてのゴケグモ属 Latrodectus はヒメグモ科の一角を占める毒グモの仲間である。ゴケとは後家であり、この仲間の雌が交尾後に雄を捕食し、みずから”後家”になってしまうことに由来する。
もっともこのような習性はカマキリやスズムシをはじめ無脊椎生物全般に広くみられ、とくにゴケグモの専売特許ではない。いきものの雌は産卵のための栄養が必要であり、たまたま目の前の手頃な獲物であるところの交尾相手に手をかけてしまうのだ。したがって絶対的な法則性があるわけではなく、うまいこと逃げおおせる雄たちも多数観察されている。
同属のクロゴケグモ(英名 Black-widow spider)はアイザック・アシモフの連作推理短編シリーズ『黒後家蜘蛛の会』でその名を知られている。実際、セアカが台頭してくる以前は、こわい本に紹介されている恐怖の毒グモといえばクロゴケグモであった。「危険な生物」のイメージでサソリとともに語られる巨大なタランチュラ(オオツチグモ、トリトリグモ)には致死性の毒はない。見た目がおっかないだけである。

で、ゴケグモの仲間の毒であるが、記事にあるように現実としてそこまで危険なものではない。毒自体が強力なことは間違いないものの、なにしろ注入される量が少ない。
咬まれると激しく痛み、続いて発熱や発汗などの全身症状があらわれる。もちろん放置するのは好ましくない。最近は血清を準備している医療機関も少なくないので、すみやかに病院に行きましょう。あなたが健康な成人であれば、そうそう命の危険はありません。どうか慌てないように。

1999年に話を戻そう。目の色を変えたメディアと自治体は、この微細なテロリストをちまなこで探しまくりました。
以下、すべて同年11月の見出し。

・毒グモ 幼稚園にも 大阪・高石市で150匹捕獲
・新たに400匹 堺など大阪南部に拡大
・四日市港でも毒グモ1匹
・関西空港でも140匹

これをゴケグモ・パンデミックと言わずしてなんといおう。四日市の1匹が光る以外、すべて3ケタ行ってるのがすごい。あのーこれもう絶対すくなくとも関西には分布してますよね。
さらに2005年には群馬県高崎市で発見、2008年4月には岡山県倉敷市、同5月に愛知県愛西市、8月に鹿児島県鹿児島市と着々と版図を拡げ、翌2009年9月には香川県坂出市とついに四国にも進出。堂々の北海道を除く本州・四国・九州制覇を実現したのである。

そして以下がだいたい直近、2012年10月の状況。

「セアカゴケグモ、4年で9千匹駆除 福岡市、公表せず

福岡市東区で毒グモ「セアカゴケグモ」が2008年以降に約9千匹見つかっていたのに、市が公表していなかったことがわかった。新たな場所で見つかった場合、市はその都度発表してきたが、市が「発見」として広報した件数は07年以降、136件にとどまる。
市は「公表は生息範囲を知らせるため。一度見つかった場所では駆除を継続しており、駆除数などは公表しなかった」などと非公表の理由を説明。場所や施設を担当する部署が市役所内で複数にまたがり、市役所全体で毒グモの情報も共有されてこなかったようだ。
福岡市では07年に東区の人工島で初めてセアカゴケグモが見つかった。08年9月には人工島内の「アイランドシティ中央公園」で初発見。以後、市の指定管理業者が週1回見回り、発見の度に駆除してきた。駆除数は今年9月までに成虫8201匹と、卵のう3161個にのぼった」(朝日新聞デジタル 10月19日)

現在セアカゴケグモの日本における分布について、Wikipediaの記述は
「本州(宮城県、群馬県、愛知県、岐阜県、三重県、京都府、大阪府、滋賀県、奈良県、和歌山県、兵庫県、岡山県、山口県)、四国(香川県、徳島県、高知県)、九州(福岡県、佐賀県)、沖縄県で記録があり、定着も確認されている」
となっている。
すっかりおなじみの顔になってしまったセアカさんだが、とまれここに至るまで死亡報告はない。何よりである。
ただし決して安全な種類だというわけではないので、見つけてもむやみに愛でようとは思わないように。

ところで毒グモ上陸と騒いでいるが、実はセアカゴケグモが侵入する以前から日本におりますねん。有毒のクモ。
ススキなどの葉を器用に畳み、その中に隠れている10ミリほどのカバキコマチグモ(樺黄小町蜘蛛 Chiracanthium japonicum)。在来種ではもっとも強い毒を持ち、事故の報告が絶えないクモである。
やはり咬まれると激しい痛みがあり、ときに腫れて水ぶくれや潰瘍を起こす。腫れは2〜3日で引くが、痛みやしびれが2週間ほど続く場合がある。重傷例では、頭痛、発熱、悪心、嘔吐、ショック症状などが報告されている。
毒性のみを比較すればゴケグモよりは弱いものの、被害は似たようなもんです。でも、カバキコマチグモの駆除に自治体が乗り出したという話は聞かない。

 

画像2 カバキコマチグモさんの巣

 

セアカゴケグモが積極的な駆除の対象となっているのは、毒が危険だからというより『侵略的外来種』であるがゆえに他ならない。データを公表しなかった福岡市を責める記事の論調は、おそらくその点には思い至っていない気がする。

わが国の生態系が破壊され侵略されているという事実の方が、毒よりも危険な問題なのですよ。
ずっと。

 

-ヒビレポ 2012年11月10日号-

Share on Facebook