松本⇄東京ふんふん日記 第11回 10.14(日)-10.16(火)松本滞在

前々日から義母が松本にやってきており、入れ替わりで日曜午後、松本に戻った。火曜日は「ちびレポ」発送作業だから、今回は2泊の滞在だ。山田の追い込みでゲラがいつ送られてくるかわかんない。だから家でジッとしていた。引っ越して以来、こんなに静かな滞在はなかった。そばに家族がいて普段通りやっている。猫が寄ってきて喉をゴロゴロ鳴らす。平凡な、どこにでもある時間が過ぎる。まぁ勝手なもんですよ。ふだんバタバタしていると、こういう時間を愛おしく感じてしまうし、こういう日常を送っていれば退屈でしょうがないかもしれない。

ジッとしてる間に、仕事絡みの本を読んでいたんだよ。高速バスで一冊、家で二冊、帰りのバスでまた一冊、計四冊読んだ。これらの本は自分で選んだものじゃなくて、見知らぬ誰かが推薦してくれたもの。そういう趣向の企画を「ダ・ヴィンチ」の”トロイカ学習帳”でやったのだ。自分で本を選んでいるかぎり、読書の幅など広がりっこないっていう発想である。

担当編集者の知人を皮切りに、その友人から友人へと「おすすめの本を北尾って奴に薦めろ」と伝令を回すと、いろんな本が集まってきておもしろい。それだけでも企画的には成功なのではないかと思えたほどだったが、ぼくとしてはそれらを読破する必要があるわけで、こうなると修行みたいなもんである。

『羆撃ち(くまうち)』(久保俊治、小学館文庫)その中に『羆撃ち(くまうち)』(久保俊治、小学館文庫)があって、じつにおもしろかった。著者は日本で唯一の羆ハンター。最初はひとりで、後半は愛犬フチとともに山に入り、羆を追う。命を狙う者として動物と対峙する姿勢はとてもストイックで、読んでいるこちらまでシンとした気持ちになってくる。なんといっても、実際にやっている人にしか書けない具体的な山の描写が素晴らしい。

たとえば風景の描写ひとつとっても、観光客は観光客の、自然ウォッチャーはその立場での描写になるのは仕方がないだろう。ではハンターの描写とはどんなものか。山の中を動きながら、油断なく周囲を見回しているときに視覚を刺激する木や葉っぱの動きであり、地面についた足跡であり、天候の行方を測る雲の動きである。もう全然違う。

フチを猟犬に育てていく過程や心が通じ合うさまを、動物と人間の感動物語として読むこともできるだろうが、そんなものとはステージの異なる読物なのだ。これはいい本を教えてもらったなあ。

『赤の他人の瓜二つ』(磯崎憲一郎、講談社)それ以外だと、帰りのバスで読んだ『赤の他人の瓜二つ』(磯崎憲一郎、講談社)が、教えてもらってありがたかった本だった。こういうのを読むと、小説を楽しむ力が落ちていることを痛感して悔しくなる。作者が書きたいことを書いているタイプの小説を読むとき、ぼくはその意図を探るというか、作品を理解しようなどとはまったく思わない。ひとつのことばとか、余白に漂うイメージでどこまでも妄想を広げられるのがぼくにとっていい作品だからだ。『赤の他人の瓜二つ』にはその手がかりとなりそうなシーンがいくつもあり、文章そっちのけでそっちのほうで遊ぶことができると思うのだが、なんだか先へ先へと読み進んでしまった。気持ちに余裕がない証拠だよ。バスは時間通りに新宿に着いちゃうしさ。どうにも世知辛かったよ。

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