1980年の山の音、江戸時代の猫  第6回

日々の疑問

 

山下陽光(第7号で「ご近所のみなさま、お騒がせしております!」執筆)

 

こんにちは山下陽光です。
ついさっき次回のレポのアトム書房の原稿を書き終わったと思ったら、ヒビレポの原稿を書いてない事に気づいて、こりゃ大変と今から何をかこうかなと思ったんですが、日々いろいろ思うことについて。

自分が生まれた30数年前の写真をみると当時の色の感じがあるんですが、あの感じって実は嘘なんですよね。自分がドクター・スランプ・アラレちゃんのコスプレしてる写真が目の前にあるんですが、なんとも昔っぽい。真横には2008年に撮影された姪の写真があるんですが、どうにも今っぽい。
テレビで90年代のJ-POP特集とかで写るシャ乱Qの画像とかも当時の感覚が蘇って思い出すんですが、あの画質も実は嘘で、当時はそんな見え方はしてなかったわけで、当時の技術がそのように写しているだけで、当時はそのような色の見え方がしてたわけではないんですよね。
思い出はセピア色とか言って、謎の哀愁が漂うようになってる気がしてるけど、今と変わらない見え方をしていたと思う。
その時の技術=その時代の空気という気がする。
初めてみたプラズマテレビの画質の綺麗さに、ひっくり返るほどの衝撃を受けたけれど、今はそれが日常化してしまい、何も思わない。技術はどんどん進化していくから、20年後から見た2012年の写り方を考えたりする。

よくわかってないけど、Youtubeは音を圧縮してるから、いい音じゃない。というような事をよく聞く。
『音を視る、時を聴く』(大森荘蔵, 坂本龍一)という本の中で坂本龍一が、人間が聞こえる周波数ギリギリの音域のレコードを作りたいという事を話していて、もうそういう音楽はあるのかもしれない。
レコードとCDを比べる時にもそのような事を聞いたことがある。
レコードの音の幅が10だとしたらCD7で、Youtubeは4だとする。
本来10の幅を4まで落としてるから、スカスカに感じる。
しかし、僕は恐ろしく耳が悪いというか感性が鈍いので、目をつぶって聞いてもその差異はわからないような気がする。それよりも、10から4を引いた6の部分のみの周波数域を聞いいたら、それが何の曲であるかがわかるのだろうか?

感情や感覚としてわかるとしたら、その感じこそがテレパシーや超能力や人の思いのような事に近い気がする。サザンオールスターズの音の周波数の圧縮してはじかれた部分だけを流して聞いたら海に行きたい気分になったりとかしないだろうか?もしそんな実験ができるとしたら、「ふと、何かを思う」時は、それに近い周波数で何かが起こっているのかもしれない。
「操れる、ふと」を作れたらそれはもう「ふと」ではなくなるけれど、その感じはサブリミナル効果とかに近い感じがあるのかもしれない。そうやって考えると、サブリミナル効果とオカルトのような事の中間辺りを研究している人とかいるんじゃないだろうか?
感情の見える化は面白くないけれど、それを手探りで見つけに行く感覚はとても面白い気がする。

 

-ヒビレポ 2012年11月5日号-

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