今朝はボニー・バック 第8回

「麻雀放浪記 恋愛篇」

 

ボニー・アイドル(第9号で「人生とはトイレからの距離である、のか?」執筆)

 

11月も残すところあと10日。冬の空気が色濃くなり、早朝は吐く息が白くなってきたここにきて「読書の秋」というのも今さらですが、今回は極上の「恋愛小説」を紹介したい。
それは、阿佐田哲也の「麻雀放浪記」シリーズだ。

「麻雀放浪記」シリーズといえば、かつて雀ゴロだった阿佐田哲也が自身の体験を主人公の坊や哲に重ねて描いた、麻雀エンターテイメントの先駆けにしてピカレスクロマンの傑作である。小説としての面白さに加え、文中に麻雀牌の写植を採用していることから、麻雀の指南書として読むこともできる。この小説を読んで麻雀を覚えた、始めたという人も多いだろう。

そんなギャンブル小説「麻雀放浪記」がなぜ極上の恋愛小説なのか。未読の方はもちろん、既に読んだことがある方も疑問に思うかもしれないが、まずはこの会話を読んでいただきたい。

「なるほど」私は又呟いた。「俺はヤミテンに振りこんだのかもしれないな」
「そうして、風が変わったんでしょ。そうならそうと、はっきりいって」
「いや、俺はヤミテンは嫌いさ。リーチをかける。大きい手が好きだからな」
彼女はやっと、感情のこもった声音になってこういった。
「大丈夫なの、そんなこといって。リーチしたらもう手は変えられないのよ」

阿佐田哲也「麻雀放浪記2風雲篇」より

 

ヤミテンだのリーチだの麻雀をやらない人にはさっぱり分からんでしょう。いや、麻雀経験者にもこの部分だけだと「ああ、麻雀やって負けて反省会してる場面だな」と思われるかもしれない。実はコレ、主人公・坊や哲と少女・ドテ子が愛を確認しあう、それはそれは美しいシーンなのである。

ツッパって正直になれない二人。ぐるぐると夜の繁華街をうろついた後、ドテ子は哲にこう持ちかける。「お互い、ヤミテンよ」と。ヤミテンとはリーチを宣言しないこと。つまり、ヤミテンに振り込むように、好きだの愛してるだのと確認しないまま寝たらいいじゃない、と。
二人はとうとう意を決して汚い連れ込み旅館へ。そして二日目の夜、自分がドテ子を愛し始めていることに気がついた哲は、彼女に向けてリーチを宣言するのだ。井上陽水の「帰れない二人」が流れてきそうな場面――。

ぼくは麻雀は下手だが(どれぐらい下手かというと、かつてバイトしていた雀荘で、客の代打に入って「リーチ!」をかけてチョンボだったほどの腕前である。当然、バイトはクビになった)、この美しいシーンを理解できるというだけでも麻雀を知っていてよかったと思っている。

ドテ子と並び、ぼくが「麻雀放浪記」の女性キャラクターで気に入っているのが、「青春篇」に登場する「八代ゆき」だ。女だてらに進駐軍専用の裏カジノを経営する、哲より八歳か九歳年上の通称「ママ」。映画「麻雀放浪記」では加賀まりこが演じた。哲は彼女に若い体を弄ばれながら、積み込みや通し等の玄人芸と雀ゴロとしての心得——強きを助け、弱きをくじくという鉄則、あらゆる人間関係はボスと奴隷と敵しかないということ―を授かる。そんな、師匠と弟子とも男女の関係とも言えない二人のこの会話。

「ママが好きになったよ」と私はいった。「ママを女房にしたい」(中略)
「あたし、お婆ちゃんよ」
「いいよ、僕の女だもの」
「それにね――」と彼女はいった。「あんたは子供だから、好きだの嫌いだのいってるけど、大人はそうはいわないわ」
「大人は、なんていっているんだ」
「さあね――、でも、きっと、もっと他のことで生きてるのよ」

阿佐田哲也「麻雀放浪記1青春篇」

 

ズッキューン!ぼくはほとんどこれと同じ会話をしたことがある。そして彼女の返事も「ママ」と同じようなものだった。相手は哲と同じ、8歳上。筆下ろしをしてもらったことまで同じである。唯一、違う点を挙げれば、哲は別れた後ママと再会するが、ぼくは彼女と別れてから一度も会ったことがないこと。

「昔とおなじ香水だね」
「おや、物おぼえがいいこと」
「当たり前さ、このへんはずっと、モウ牌でもわかる」
エレベーターが停まったとき、ママの掌も私の身体の方へ来ていた。私は相手の胸のくぼみに鼻面を押しつけていた。昔とおんなじ恰好だ、と苦々しく思いながら。

阿佐田哲也「麻雀放浪記2風雲篇」より

 

麻雀に限らず、全てのギャンブルは突き詰めれば心理戦に辿り着く。そして毎夜、街のどこかで繰り広げられている心理戦といえば、“恋愛”。若い頃から「コロすか、コロされるか」の賭場をさまよい歩いてきた阿佐田哲也にとって、麻雀の好勝負を描くのも、男女の駆け引きを描くのも同じ線上にあるのだろう。

もう少しで秋が終わり、本格的な冬がやってくる。人肌恋しい季節に、フィクションの中だけでも現ナマが鼻ッ紙のように乱れ飛ぶ鉄火場での恋を楽しんではいかがだろうか。

 

-ヒビレポ 2012年11月20日号-

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