月に吠える的日記@新宿ゴールデン街 第8回

好き好き大好き超愛してる

 

コエヌマカズユキ(第4号で「デスマッチ・ブルース」執筆)

 その夜、お店には3人のパパと1人の独身がいた。パパというのは娘がいる男性客たちのことで、年齢は50代と40代と30代。独身というのは僕である。3人のお客様は初対面だったが、そこはゴールデン街。顔を合わせて5分も経った頃には、まるで昔からの知り合いのように、職業も年齢も超えて会話に興じ始めた。テーマは「好きな鍋」と、何とも健全かつ牧歌的である。この十数分後に、パパの1人が涙し、1人が辟易し、1人が激怒する事態になることは、まだ誰も知らずに……。
「昨日、娘と一緒に夕飯を作ってたんですよ。キムチ鍋だったんですが、母ちゃん直伝のレシピで、うちは必ずイカ団子を入れるんですね。娘と2人で、イカのミンチを片栗粉と混ぜて団子にしてるときに、急に娘が言ったんです」
 そう話したのは50代の男性だ。彼は妻に先立たれ、18歳の娘と2人暮らしをしているそうだ。思春期真っただ中の娘だが、父親との距離感は全くなく、腕を組みながら街を歩いたり、「お父さん、ご飯粒ついてるよ」と口の周りについたご飯粒を取って食べてもらったりするほど仲がいいのだという。そんな娘からの告白は、彼に大きすぎる衝撃を与えた。
「お父さん。私、昨日処女捨てたんだ……って、娘が急にそう言ったんですよ」
 彼は淡々とした口調でそう告白する。あまりの衝撃的な告白に、お店の空気が凍りついた。

「彼氏がいるのかいないのかは知らないですけど、急に言われたから俺は驚いちゃって。あぁ、そうなんだ。でもほどほどにしろよ、って言ったら、うん、なんて言いやがるんですよ、あいつ。いやぁ、それにしても驚きましたね」
「というか、娘さんとそんな話するんですね……」
 40代のパパが突っ込みを入れる。彼は11歳の娘がいるパパさんである。
「そんなこと打ち明けられて、どんな思いだったんですか?」
 そう口を挟んだのは僕だ。50代のパパは自虐的にほほ笑んだ。
「動揺したそぶりを見せないように明るく答えましたけどね、、、本当は、、、すげーーーーーーーーーーーーー傷ついたんですよ。だって娘が、娘が……」
 彼は鼻をすすって泣き始めた。彼が体験した状況を自分に置き換えたのか、「俺だったら殺しますね」と、殺し屋のような顔つきで30代のパパが言った。彼の娘はまだ9ヶ月だそうだが、早くも一人の女として見て、溺愛していることが伝わってくる。
「娘にもし男ができたら、絶対に俺にばれないようにしろよ、って言います。じゃないと俺、マジでその彼氏のこと殺しますから。俺の娘に近づいた男は、マジで許さないです」
 顔が大マジである。まだ見ぬ彼氏に対し、かつて最強の名をほしいままにした格闘家ののヴァンダレイ・シウバよろしく、今すぐ飛びかからんばかりの様子だ。
「でも、娘さんだっていつかはそういうときが……」
「ありえないっすよ、絶対に許さないです!」
 40代パパの言葉に、30代パパが声を荒げる。
「でもそうやって厳しくすると、娘さんは反動で遊び人になっちゃうんじゃ……」
「もういいっすよ、この話! マジでいいっす!」
 ブチ切れ寸前の様子に、店が静まり返った。そのかたわらで、50代のパパが鼻をかんでいる。諭すように、40代パパがしみじみと話し始めた。
「もちろんうちも、娘が可愛いですよ。ニートだとか、DVするような奴だとか、変な男には手渡したくないですよ。父親として当然ですよね。でもやっぱり幸せになってほしいから、娘が本当に好きだっていう相手を連れて来たら、よっぽどどうしようもない相手以外は認めてあげて、我々がサポートをしてあげないと仕方がないじゃないですか」
「ありえないです。娘を変な男に渡すくらいなら、俺が一生養いますよ。どこにも行かないで、ずっとうちにいればいいんです」
 何とも大人の見識だったが、殺し屋はそうバッサリ切り捨てて、ウイスキーをぐいと飲み干した。再び場が静まり返る。沈黙を破ったのは、独身で子どももいない僕だった。僕は30代パパに向かって言った。
「お客さんの気持ち、超分かります。僕も全く同じ思いになると思います」

 未婚の僕だが、自分に娘ができたことを想像すると、30代パパの気持ちが本当に分かるのだ。僕は将来娘ができたら、彼氏に絶対会おうとしないし、連れてこようものなら間違いなく暴力沙汰を起こすだろう。妻がどんなになだめても、絶対に聞き入れないと思う。 実際、僕には妹のような存在の女性後輩ライターがいるのだが、最近その子にできたという彼氏に腹が立って仕方ない。今度紹介します、と言われたのだが、会いたくないので拒否し続けている。実際に後輩ライターには、「月に吠える」に関しては、彼氏を出入り禁止と通告してある。僕は彼女に対して恋愛感情はゼロだし、性的な目でも見られないし、志村けんのコントでいうところの「お花坊」にしか見えないのだが、それでも父性のような感情を抱いているからこその感情なのだろう。
「マスター!」「お客さん!」
 僕と30代パパは、もう2人のパパを差し置いて、がっちりと固い握手を交わした。

 お客さんに勧められて、『好き好き大好き超愛してる』という小説を読んだ。賛否両論がはっきり分かれる独特の文体や作風の中に、胸に刺さるストレートな言葉が散りばめられている。そこからの引用で今回は締めくくる。家族とか友達とか後輩ライターだとか恋人だとか関係なく、僕はこれからもたくさんの人を愛すだろう。そして悩んだときに、愛とは何か、たくさんの本や、たくさんのお客さんから教わるのだろう。愛情が重すぎる? 上等である。上っ面だけの愛情に囲まれているよりは、はるかにマシだと思っている。

“僕は柿緒を愛しすぎるほど愛してみせる。間違っているほど愛してみせる。自分の人生を台無しにしてもいいとバカみたいに思うようにしている。それでいい。パスカルは言った。愛しすぎていないなら、充分に愛していないのだ。僕は一人で小説を書いている。女の子をふったりもする。バカだなと思う。でもバカでいい。間違いばかりでいい。愛しすぎるというのはそういうことなのだ。そしてそれぐらいで、人を愛するにはちょうどなのだ。(『好き好き大好き超愛してる』舞城王太郎)“

<先週の売り上げ>
11月5日(月)16,900
11月6日(火)お休み
11月7日(水)7,800円
11月8日(木)22,100円
11月9日(金)9,400円
11月10日(土)26,800円

合計83,000円

 

-ヒビレポ 2012年11月23日号-

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