いきもの事件史 第9回

ヨロイを着た貝たち

 

日高トモキチ(生きものなんとか紀行連載中)

 

装甲で防禦を固めた生物というのは少なくない。アルマジロや節足動物の外骨格はその典型だ。
それらはたとえばカルシウムの硬化したものだったり、昆虫などではクチクラと呼ばれる角質化した細胞膜(主成分はキチン質)である。
余談だがシャンプーのCMでキューティクルとか言われてる頭髪の角質層はこのクチクラ(Cuticula:ラテン語)の英語読みだ。髪の毛はむしの外骨格と似たような物質で覆われていると思えばよろしい。
とまれ、固そうに見えても殻や外骨格はあくまで生物の一部である。間違っても金属だったりはしない。

ところが、ここに純粋に鋼鉄で身体を護っている生きものがいる。

「鉄のうろこを持つ巻き貝「スケーリーフット」、世界初の一般公開 北大などが大群集発見

 硫化鉄でできたうろこを持ち、深海に暮らす奇妙な巻き貝「ウロコフネタマガイ」の大群集を北海道大学、海洋研究開発機構、新江ノ島水族館による共同研究グループが発見し、11月30日、同水族館(神奈川県藤沢市)で世界初となる生きたままの一般展示が始まった。

 ウロコフネタマガイは2001年に発見された。貝殻は最大で4.5センチ程度だが、足の表面が硫化鉄のうろこで覆われており、「スケーリーフット」(うろこのある足)とも呼ばれている。従来はインド洋中央海嶺の深海熱水活動域「かいれいフィールド」にごくわずか生息していると考えられてきた。

 研究グループは11月に「しんかい6500」でかいれいフィールドを調査したところ、水深2420メートルの場所で少なくとも数千匹のスケーリーフットが集まる大群集を発見した。熱水に群がるエビを追い払うと、その下の地面をびっしりと覆うスケーリーフットが見つかったという。

 採取したスケーリーフットの一部の個体を大気圧で飼育することにも成功。捕獲直後から温度や酸素濃度を厳密に管理し、3週間以上の長期飼育に成功。同水族館で世界初となる一般展示を始めた。
 研究グループは、大群集の発見と飼育の成功で、謎の多いスケーリーフットの生態を詳しく調べられる上、硫化鉄のうろこを生成する仕組みを解明できれば産業にも役立つのではと期待している。」(2009年12月01日 ITmedia)

 


スケーリーフット(ニュースリリースより)

 

写真の下の方のわさわさしたのが、硫化鉄のスケールをまとった足である。このように身体に純粋に鉄製のパーツを備えた生物など前代未聞で、発見時にはちょっとした騒ぎになった。
スケーリーフットがこういうヨロイを着るに至ったおもな理由は、生息環境によるものだと考えられている。
深海熱水活動域というのはつまり海底の温泉です。高温の金属や硫化物がどっさり存在している。そうした中で生き抜くにあたり、手近な物質を体内に取り入れて自分の一部にするような仕組みを手に入れたらしい。生物の適応力すげえ。

ところでこの輝かしいニュースにはしょんぼりな後日談が付く。鳴り物入りで始められた新江ノ島水族館の生体展示であったが、公開後数日間で死滅してしまったのである。
2009年11月30日、展示開始の際の同館のブログを引用させて頂く。

「2009/11/30 スケーリーフット

本日より1個体ではありますが、スケーリーフットの展示を開始いたしました。
非常に飼育が難しい深海生物でありますのでどうぞお早めにご覧下さいませ。

私が前回インド洋に向かったのは2006年、3年前のことです。
2月16日しんかい6500第933潜航で、私は水深2421mで暮らすスケーリーフットを観察しました。
そして2009年、インド洋かいれいフィールドでは更なる詳細な現場調査が行われ、生きた状態で日本へと持ち帰ることに成功いたしました。
11月11日に採集され、11月21日に約30時間かけ日本へ到着、水族館で飼育を開始しました。
今日で19日目になります。
今回の展示に関しまして、北海道大学ならびにJAMSTECの皆様には多大なるご協力をいただきました。
本当にありがとうございました。

生きながらにしてサビてゆくスケーリーフット、動きこそほとんどない生物ではありますが、この貝のみが持つ金属光沢をどうぞご堪能くださいませ。」(『えのすいトリーター日誌』)

飼育の難しさを述べた上で公開への不安をも垣間見せる、貴重な現場の声である。前出の華やかな記事との温度差がちょっと切ない。
最後の一文にご注目頂こう。
そう、スケーリーフットは錆びるのだ。

かれらは本来非常に特殊な環境に生きる生物だ。熱水付近の海中は溶存酸素量も少ない。これを普通の海水に移してしまうと、水と酸素と鉄分が結合し、酸化しはじめてしまう。
あっという間に錆びるわけではなし即座に死因に結びつくこともなかろうが、ストレスになることは間違いない。

そしてわずか2日後。上記のブログに一文が添えられた。

「※スケーリーフットの生体展示は12月2日をもちまして終了いたしました。標本は引き続き展示公開中です。」

以上、世間的には事件というほどのこともなかったのかもしれないけれど、個人的にたいへん悲しかった3年前の出来事でした。

 

-ヒビレポ 2012年12月1日号-

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