月に吠える的日記@新宿ゴールデン街 第10回

見る前に跳べ

 

コエヌマカズユキ(第4号で「デスマッチ・ブルース」執筆)

  3ヶ月ほど前から新宿ゴールデン街に来るようになった学生のE君(22歳)は、好奇心の塊のような男だ。例えば彼の地元の某所で、客が出入りしている気配がないのに10年以上も潰れていない風俗店の前で、「本当に客は来ていないのだろうか?」と張り込み調査をしたり、「自分はどこまで年上の人と行けるんだろう?」と熟女専門の風俗店に行ってみたり、街中で「マッサージいかがですか?」と誘ってくる中国人について行ったりと、好奇心を満たすためなら何でもする(エロ関係ばかりだが)。そんなE君は、新宿ゴールデン街というディープな空間に刺激を受けたのか、水を得た魚のようにさらにパワーアップした。新宿ゴールデン街の某おかまバーでは、マスター好みの男性客がやって来ると、途端に閉店になって襲われる。そんな噂を聞きつけると、「マジっすか? じゃあ俺、行ってきますよ!」と、すぐさま潜入するために走っていく。こんな風にして得たさまざまな体験を、彼は「月に吠える」に来る度に包み隠さず話してくれるのだ。僕の情熱に火をつけたのも、彼が体験したエピソードがきっかけだった。

「聞いてくださいよ。俺、ニューハーフヘルス行ってきたんです!」
 いつものように「月に吠える」にやって来たE君は、そう話し始めた。話を聞くと、ゴールデン街のとある店で、ニューハーフ事情に精通しているマスターからニューハーフヘルスを勧められたE君は、その翌日に早速行ってきたのだという。ちなみにニューハーフヘルスとは、ニューハーフが性的サービスをしてくれる風俗店のことだ。
「ニューハーフだけど、見た目は普通に可愛い人が出てきたんですよ。俺は全然ありでしたね。まず一緒にシャワー浴びて……」
 彼が赤裸々に明かしてくれたプレイ内容を聞きながら、僕の胸にフツフツと胸にこみ上げる感情があった。それは“悔しさ”だった。かつての僕は行動力を武器に、ヤ●ザの組事務所をはじめ、あまり書けないような色々な場所に潜入してきた。ところが年齢を重ね、ジャーナリストとして仕事が安定してからは、すっかり腰が重くなっていたのだ。正直、風俗にもニューハーフにも興味がない。しかし、ド素人の学生がこんなに行動力を発揮しているのに、ジャーナリストの自分が行かないでどうする! 僕が感じたのはそんな悔しさだった。僕はこんなことを口走っていた。
「E君、そのお店の名前教えてください!」

 そして翌週。僕は潜入が完了したことをE君にメールで伝えた。感想を聞きに「月に吠える」にやって来たE君に、ありのままを報告する。学生、なめんなよ。お前なんかに負けてられるか。そんな僕の思いは、直後に打ち砕かれることとなった。
「そう言えば俺、こないだニューハーフのAVに出たんですよ」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 彼の告白は僕を驚愕させた。例のニューハーフ事情に詳しいマスターから依頼があり、E君は即答で出演をOKしたのだという。しかも、事前に知ってしまうとつまらなくなるからという理由で、あえて詳細は一切聞かずに。
「俺、まさかの主役でしたよ。セリフもあったんですけど、完全に棒読みでしたね。絡みの部分は……」
 大江健三郎の「見る前に跳べ」という小説が頭をよぎった。生き生きと楽しげに語るE君を見つめながら、僕は敗北感に包まれた。学生よ、僕はさすがにそこまではできん。というわけで、不特定多数の読者がいるこの場で、今回の体験談をさらしたことが、僕の彼へのささやかな抵抗なのである。

-ヒビレポ 2012年12月7日号-

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