昭和歌謡宅急便 第12回

夢とコンプレックス

 

田中稲(第10号で「ラジオいきなり出演騒動記」執筆)

 

さて、いきなりですがみなさん、小さい頃の夢はなんだったか覚えていますか。
私は「イラストレーター」でした。
まあ、このヒビレポのアイコンイラストを見てもらえば、何故ライターにシフトしたかは一目瞭然……。

私が最初に就職したのは健康食品会社のデザイン部だった。
扱っているのはいわゆる、ダイエット食品&美容品が中心……のはずが、地方の特産品なども取り扱い、もはやなんでもアリ状態の商品群。「健康食品会社」の枠を超え「社長が興味を持った食品の会社」状態であった。

私はコピーとデザインを担当し、時には「塗るとくすんでいた乳首の色が美しいピンク色になる」という魔法のようなクリームのチラシをできるだけ胡散臭さのないコピーで彩り、かと思えば「●●県のおいしい水」のパッケージを郷土色たっぷりにイラスト入りで制作する日々。
そしてたまーに、そういったチラシに「ゴマ豆腐くん」だの「痩せたいレディー」だの、超チープなイラストを描いて掲載させてもらうことで、「私はイラストでやっていける」ととんでもないカン違いをしたのであった。

そして、この自由すぎる健康食品会社を1年半ほどで心身共にヘロヘロになり退社した私は、なんと! 夢の第一歩「イラストレーターのアシスタント」の職をゲットするのに成功したのである。

しかもそのプロセスは、今では考えられないバブル末期のノホホンっぷり。
たまたま知り合いの方が紹介してくれたのだが、そのやりとりが
「田中さん次決まってるの」
「いえまだ。イラスト描くのが好きなので、そっちにいきたいんですけどねえ」
「あ、知り合いのNさんがアシスタントを探していたから言っといてあげるよ」

その数日後顔合わせがあり、その場で「じゃあ来てください」と返事を頂き無事入社。しかもイラストレーターNさんがどんな絵を描いているか私は知らず、Nさんは私のイラストの腕前を全然知らず……というお互いあまりにもノンキな状態で採用となった。

が、入社当日、お互いの絵を見て想定外の「大きすぎるズレ」が露呈した。ある意味遅すぎる!!

私のイラストは細部を極力排除した、2次元もいいところのいわゆる「マル描いてちょん」である。
が、Nさんはなんとエアブラシを駆使したリアルイラストレーターだった!
まだパソコンで絵を描くという技術が主流じゃなかった頃、車のポスターや工場の部品説明などは特に、一つ一つエアブラシで陰影をつけ、あたかも触れるかの如くホンモノソックリに描ける技術を持った人は稀で、とても重宝されていたのである。

うーむ。実は私、手の指5本を描くのもヘロヘロです。
そもそも今考えればそんな実力で「イラスト描くの好きなのでそっちに行きたい」とのたまった私があまりにも世間知らず過ぎたのだが。
「じゃあなにか試しに描いてみて」
そう言われて、その場で描いた宇宙人のような私のイラストを見た時のNさんの表情は一生忘れない。

「えっ、これ本気??」

なんちゅう役立たずを雇ってしまったのか。Nさんの真ん中に寄りまくった眉毛は明らかにそう言っていた。後悔で顔色はだんだん蒼白になっていく。が、ここで「この話は無かったことに」と切ることもできただろうに、Nさんはとても優しく責任感のある人だった。
なんと
「じゃ、これからどんどん覚えて行こう!」
と気持ちを切り替え、根気よく私にイラストのいろはを教えて下さったのだ(涙)。簡単なイラストカットの仕事が入るたびに私に振り、構図の取り方から丁寧に教えてくれるNさん。
が、どんなに頑張っても私のヘロヘロの宇宙人イラストは上達しなかった。

しかしNさんは売れっ子。猫の手も借りたい状態であり、私の上達をのんびり待っている時間は無かった。
“このハードルを乗り越えろ!”とばかりに中学校の英語の教科書のイラストを描けとおっしゃった。
マッ、マジですか!! あのメアリーだのボブだのをこの私が!!
いやはや、中学の頃なーんも考えず鼻にヒゲとか落書きしていた、あのイラストを自分が描くなんて!!

興奮して私は必死で描いた。ボブを!メアリーを!!ケンを!!!
「ボブが京都に行きたいと言っています」という事を表現するイラストがこんなに難しいとは。クーッ。

が、私がイラストを提出した次の日は決まってNさんが目に真っ黒のクマを作っており、私の机にはベッタベタにホワイトが入って描き直されたボブとメアリーが笑っていた……。
結局、私が描いた宇宙人イラストは教科書に掲載される前にNさんの超人技術によって人間化され、いたいけな中学生を困惑させずに済んだのだが、私は明らかに挫折感を覚え、Nさんは明らかに衰弱した。

しかし、お互いマイナスばかりではなかった。実は私、Nさんのアシスタントとして意外な才能を開花させた。それは、「癒し要員」としての任務、谷村新司と松山千春のモノマネである。

徹夜続きでナチュラルハイ状態のNさんが、エアブラシを持った腕をだるそうに揺らしながら、
「田中さん、例のアレ、お願い」
疲れ切った笑顔を向けると「リクエスト入りましたー!」とばかりに私は起立し、谷村や千春の顔を作る。

「サラバッ、すーばーるぅぅよー♪」(「昴」谷村新司/1980年)。
※鼻を指でクイッと上げ、目はひんむいて喉から絞り出すような声で!がポイント。照れは厳禁。

「果てッしぃない〜、おおっぞらっとぉ〜♪」(「大空と大地の中で」松山千春/1977年)。
※マイク代わりのペンは口の右側につけ、歌詞は高らかにスタッカート気味で!がポイント。照れは厳禁。

私はイラストの技術の無さを、この2曲のモノマネと下絵の消しゴムかけでカバーし、1年間この事務所に居座った(ひー!)。
今ではNさんは立体アーティストとなり、世界を舞台にご活躍である。今でも連絡を取り合うが、「昴」のモノマネはいまだ話題に上る。覚えて下さっているとは、感無量……!

さてさて、とりあえず現在なんとか文章の方で食べる事ができるようになってからも、名刺にしつこく「イラストレーター」と入れているので、たまーにイラストの仕事が入る。
が、腕前は相変わらずである。エネルギー系の説明図を頼まれ、引くに引けず必死で構図を取り描いた時は
「田中さん、前にあるはずのヒーターが後ろに見える。トワイライトゾーンになってるがな! なんかあの世っぽくて怖い!」
と大騒ぎに。やはり無理は良くない、とシミジミ思った。

いや、いっそ逆にパースが取れないことを売りにしていっそ「無自覚な不思議絵」というジャンルを作り出し、エッシャーと競おうか。
どうやってーーーーむりむりーーー(自分に対するツッコミ雄叫び)。

とまあ、昔憧れたそれとは全然違うが、ある意味なんとなーく叶ってはいる「イラストレーター」の夢。
とはいえ、それはもちろん、周囲の人の忍耐とフォローによる賜物であることは忘れちゃいない。

だいたい「夢」なんて! 漢字を見てごらんなさい。なんかゴソゴソ動き出しそう。虫チックではないか。
そう。この「夢」という字、映画「風の谷のナウシカ」に出てくるオームに似てませんか。
こんな不気味なものを一人で追おうなんて方が無理ムリ(逆ギレ)!

私もこんなオチョケなイラストしか描けないが、発注が来る間は「必要とされている」と永遠に勘違いをし続け、周りの協力を頼りにしまくり、名刺に肩書を入れ続ける……ような気がする。
オームを追って腐海に迷い込む愚かな人間の如く、夢を追ってコンプレックスを深める私。

ふっ、分かってる。こんな私バカよね。おバカさんよね……(「心のこり」細川たかし/1975年)。
後ろ指さされる前に、近いうちにどうにかうまーく名刺からフェイドアウトさせますっ。約束しますっ!

-ヒビレポ 2012年12月19日号-

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