月に吠える的日記@新宿ゴールデン街 第11回

陸前高田生まれのお客さん

 

コエヌマカズユキ(第4号で「デスマッチ・ブルース」執筆)

 「月に吠える」の前を何度も通り過ぎている若者がいる。カウンターの中から窓越しに外を眺めてそう思っていると、不意にドアがノックされ、若者がおずおずと顔を覗かせた。
「あの、すいません。初めてなんですけど、大丈夫でしょうか?」
「もちろん、大丈夫ですよ」 
僕は彼を招き入れた。20代前半に見える青年は、新宿ゴールデン街にはあまり似つかわしくない初々しさがあった。緊張しているようで、カシスオレンジをオーダーした後は、お店の中をキョロキョロと見渡している。
「君、お店に入るのにノックなんてしなくていいよ。ゴールデン街に来るのは初めて?」
 店にいた常連のおじさんが笑いながらツッコミを入れる。
「はい、初めてです。一応、ノックくらいした方がいいかなって……」
「そんなのはこの街ではいらないよ! 『よっ、マスター! 景気はどうだ?』って入ってくればいいんだよ」

 おじさんに言われて、若者はようやく表情を和ませた。
「分かりました。じゃあ次からはそうします!」
 時刻は午後8時半。この後22時から新宿で友人たちと飲み会があるという彼は、時間つぶしがてら、ずっと来てみたかった新宿ゴールデン街に訪れたのだそう。興味津々の様子で、ゴールデン街の歴史や起こった出来事について質問をし、僕や常連客が答える度に「そうなんですね!」「すげー!」と感嘆の声を上げていた。
 会話がひと段落ついたとき、僕は何気なく彼に聞いた。
「出身はどちらですか?」
「岩手の陸前高田市です」
彼は笑顔のまま答えた。即座にあの震災のことがよぎった。常連客が口を開く。
「…震災のときは、大丈夫だったの?」
「海沿いの町なので、僕の家は流されちゃいました。けど、家族はすぐに高台に逃げたので、みんな無事だったんです。不幸中の幸いでしたね」
 若者は言葉を続ける。
「僕は2010年から●●市の食品工場で働いているんです。高校を出て上京して、就職したんですよ。震災があったのは、遅めのお昼ご飯を食堂で食べているときでした。テレビをつけて、映像を見たときは頭が真っ白になりました。見たことのある町が、津波でどんどん流されていくんですから。実家や家族の携帯にいくら電話をしても通じないから、全身の血の気が引いて、何も考えられなくなって……あんなに怖くて不安な感覚は、生まれて初めて体験しました」
 その日の深夜にようやく電話が通じ、彼は家族全員の無事を確認した彼は、翌日から休みをもらって故郷に駆けつけ、変わり果てた町で家族と再会した。その後約一か月間、がれきや土砂の処理などに明け暮れてきたという。多くの同級生や近所の人が帰らぬ人となったが、その知らせを聞いても、いまだに実感が沸かないそうだ。
「津波に流されて、いまだに見つからない同級生もいるんですよ。そいつのお母さんは、『うちの子は泳ぎが得意だから、今もどこかで生きてるはずだ』って、毎日海辺を探し回っているそうです。その気持ちがすごく分かるんですよ、認めたくないっていう気持ちが」 
 黙りこくる僕と常連客を気遣うように、若者は笑顔で言った。
「うちの工場に、パチンコばっかり行ってる先輩がいて、借金が200万円くらいあるんですよ。その人が震災の後に、『何もできないけど、これ受け取ってくれ』って見舞金をくれたんです。中には10万円も入ってて、こんなにもらえないですって言ったんですけど、その人はどうしても引き下がらなくて。お金がないのに、そんなにしてくれたことが本当に嬉しかったんです。震災でたくさんのものを失いましたが、こうして周りの人たちが支えてくれていますし、しっかり前を向いていかないといけないんですよね」
 若者の明るさに、僕と常連客も笑顔になった。時刻は間もなく22時になろうとしていた。若者は席を立った。
「実はこれから合コンなんですよ。もうすぐ人肌が恋しくなるクリスマスだから、いい人見つけられたらいいなぁ、って。へへへ、楽しんできますね」
 店の外に出て彼を見送った。ゴールデン街を何気なく見渡すと、幾つかの店でクリスマスの飾りやイルミネーションが目に付いた。ゴールデン街でも被災地でも、クリスマスはもう間もなくだ。吹き抜けていく冷たい風に、慌てて店の中へ駆け込んだ。

-ヒビレポ 2012年12月14日号-

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