いきもの事件史 第12回

 羆

 

日高トモキチ(生きものなんとか紀行連載中)

 

熊、ではない。羆と書いてヒグマと読む。
北海道に棲むエゾヒグマは言うまでもなく日本における陸上最大の哺乳類であり、そして猛獣だ。
本州以南に生息するツキノワグマも人間との間にトラブルを起こす。が、それはほぼ100%が”不幸な事故”だ。連中は好きこのんで人類と事を構えたいとは思っていない。彼らの行動範囲内で偶々出くわしてしまった際の防禦行動が、その身体の大きさと力の強さゆえに事件となるだけだ。

しかしエゾヒグマはときに狙って人間を襲う。しばしば捕食を目的に。

「クマ、キャンプを襲う 日高山系 一人けが、二人不明

【帯広】二十七日夕、北海道帯広署中札内巡査派出所に福岡大ワンダーフォーゲル部、法学部三年滝俊二君(二二)工学部一年西井義春君(一九)の二人が「日高山系カムイエクウチカウシ岳の千九百メートル尾根付近でキャンプ中、二十六、七日に三回クマに襲われ、友人三人が逃げる途中で行方不明になった」と届けた」(1970年7月28日 朝日新聞)

北海道山岳史上もっとも悲惨な事件として知られる、福岡大ワンダーフォーゲル部ヒグマ襲撃事件の発端である。2日後の30日、同紙は行方不明になった三人の遺体発見を報じた。詳細は下記リンク先を参照のこと。凄惨な遺体発見の描写等、酸鼻を極めるため注意されたい。
「福岡大ワンゲル部・ヒグマ襲撃事件」→ http://yabusaka.moo.jp/hukuokadai-higuma.htm
私はこの事件のドキュメンタリーを中〜高校生の頃にテレビで見て心底身の毛がよだつ思いをした。

そして開架の全国紙縮刷版では辿れない第二次大戦前には、より恐ろしい爪痕がいくつも残っている。

一)札幌丘珠事件 1878年(明治11年)1月11日〜18日
開拓まもない札幌で、冬眠中を起こされたヒグマが猟師や移民の夫婦を襲い、死者3名、重傷者2名を出した事件。
http://goo.gl/3cjtI(wikipedia)

二)三毛別羆事件 1915年(大正4年)12月9日〜14日
北海道苫前郡苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢。ヒグマが数度にわたり民家を襲い、妊婦をふくむ開拓民7名が死亡、3名の重傷者を出す。史上最悪の熊害事件として知られ、吉村昭『羆嵐』は本件を描いたノンフィクションである。
http://goo.gl/0jebM (wikipedia)

三)石狩沼田幌新事件 1923年(大正12年)8月21日〜24日
北海道雨竜郡沼田町の幌新地区で発生。ヒグマが開拓民の一家や駆除に出向いた猟師を襲い、4名が死亡、3名の重傷者を出した。楽しい夏祭りの帰り道がパニックに転ずる情景は心胆を寒からしめる。
http://goo.gl/C5Ys9(wikipedia)

初期アメリカの開拓が先住民との闘争の日々であったように、北海道の入植者たちの当面の敵はエゾヒグマたちだった。しかし昔話だと思ってはならない。規模こそ小さくなってはいるが、ヒグマと人間との不幸な遭遇は連綿と続いている。
1971年にはクマ退治に赴いた猟師が犠牲となったニュースが報じられている。

「クマ退治中 返り討ち 北海道 殺され埋められる

【網走】四日午後一時二十分ごろ、北海道網走支庁滝上町三区の雑木林で、ハンターの同町四区農業山沢太郎さん(六九)がクマに襲われ、土の中に埋められて死んでいるのを、捜していた同僚が見つけ、紋別署に届けた。(中略) クマは人間の内臓などを食荒らしたあと地中に埋めておく習性があり、山沢さんも頭、腹、ももをえぐりとられていた。」(1971年11月5日 朝日新聞)

76年初夏にはタケノコ採りの人びとが襲われた。

「ヒグマ、二人殺す 警告無視、タケノコ採り 支笏湖畔の風不死岳」(1976年6月10日 朝日新聞)

これらの記事を読むとヒグマの襲撃は季節を問わないことがわかる。新しいところでは2008年にも下記の事件が起こっている。

「ヒグマ:山菜取りの会社員襲われ死亡 北海道北斗

 6日午後2時半ごろ、北海道北斗市峩朗(がろう)の峩朗鉱山付近の山中で、山菜取りをしていた渡島管内七飯町桜町、会社員、堀抜誠一さん(50)がクマに襲われたと、一緒に山に入っていた同僚から119番通報があった。堀抜さんは顔にかみつかれたような跡があり、間もなく死亡。地元猟友会のハンターが近くで堀抜さんを襲ったとみられるクマを見つけ、射殺した。
 函館中央署の調べでは、クマは体長1.2メートル、体重70キロのヒグマで、5歳程度のオスとみられる。堀抜さんは近くの鉱業所で働いており、この日午前11時半ごろから会社の昼休みを使い、同僚と別々に山菜取りに入った。
 (中略)
 道内では一昨年10月に釧路管内浜中町でハンターがクマに襲われ死亡するなど、89〜06年度に7人が死亡している。4〜5月は冬眠明けしたクマが食料を求めて活発に活動する時期で、道は5日〜5月11日を「ヒグマ注意特別月間」として注意を呼び掛けていた。 」(2008年4月7日 毎日新聞)

昨年5月には山菜採りに山に入った63歳の男性がやはりヒグマに襲われ、殺された。

アイヌのひとびとは皮と肉をもたらすこの猛獣をキムンカムイ(山の神)と呼んで崇め畏れた。
生きものと共存するということは、必ずしも相手を人間の保護管理下に置くことではない。
お金持ちの道楽的「かわいい動物愛護運動」とはまったくベクトルを異にする、闘いもまた自然との付き合い方のひとつの形だということを忘れてはならないと思う。

-ヒビレポ 2012年12月22日号-

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