月に吠える的日記@新宿ゴールデン街 最終回

今夜、全てのバーで

 

コエヌマカズユキ(第4号で「デスマッチ・ブルース」執筆)

「月に吠える」をオープンして間もない頃、お店に向かうべくゴールデン街を歩いていると、近所のお店のママに声をかけられた。
「あんた、月に吠えるの人でしょ? 中国人なの?」
「は?」
「元蛇頭(中国人の犯罪組織)って聞いたけど、違うの? この辺で噂になってるわよ」
「……日本人です」 
 僕はそう吐き捨てて店に入った。誰がそんな噂を流したのか知らなかったが、イライラが収まらなかった。後日、噂を流した正体のおっさんを見つけ、思い切り説教した。

 インターネットで「月に吠える」を見つけた、という青年がやって来た。彼は言いづらそうに言った。
「お店の場所が分からなくて、キャッチのおばさんに『プチ文壇バーに行きたいんですけど』って聞いたんですよ。そうしたら、『どこが文壇バーなのよ、あんなふざけた店!』って言いながら案内してくれました」
 怒りで顔が引きつるのが分かった。悪口を言われたことに対してではない。そのキャッチのおばさんは、「月に吠える」に一度も来たことがないのだ。何で来たこともないのに、ふざけた店とか言うのだろう?

 ゴールデン街で店を6軒経営しているというオヤジが来た。「いいか、ゴールデン街とはなぁ……」と話し始めたので、耳を傾けていると、「おい、お前ちゃんと聞いてるのか? 何だ、その接客は?」とダメ出しされた。オヤジの小言はヒートアップする。
「ゴールデン街はすっかり観光地化しちまって、つまらなくなったよ。あーあ、昔はヤバい雰囲気があって面白かったなぁ。今は魅力がこれっぽっちもなくなった。大体、今の若い奴がやってる店なんてのは……」
 大先輩の言葉には耳を傾けるべきだし、アドバイスは真摯に受け止めるべきなのも分かっている。けれど、何でこいつはこんなに上から目線なんだろう? ゴールデン街を盛り上げようとしている若い世代の人たちを「昔はよかった」で片づけ、認めようとしないのだろう?
 
 ほかにも僕は左翼思想のオヤジ、雑誌記者、文学好きの社長など、様々な酔っ払いたちに絡まれ、怒りに任せてバトルを繰り広げてきた。腹が立つと言えば、お店に置いてある本を貸したら、そのまま返しに来ない輩もたくさんいる。あまりにいらだち、疲れ、「もう止める! 店なんかすぐ止めてやる!」と誓ったこともあった。だが、それを思いとどまらせてくれたのは、ほかならぬ「愛すべき酔っ払い」たちだ。「月に吠える」の比較的安い価格設定を心配してくれて「もっと高くしてください。ちゃんと利益を出して、長くお店を続けてほしいですから」と言ってくれたお客さん。安い時給しか払えなくて申し訳ない、と伝えると「気にしないでください、お店に無理のない金額で結構です。長く働かせてもらいたいし、お店も長く続けてほしいですから」言ってくれたアルバイトさん。「このお店に来ると本当に落ち着ける。大好きなお店です」と言ってくれた方もいた。本当に皆さんには感謝しています。というわけで、僕はもうしばらくお店を続けようと思っている。

 ところで「何でバーを始めたの?」とよく聞かれる。僕の中で、実は物書きもバーも大差ないと思っている。自分の好きなことや面白いと思うことを、誰かに届ける。それが僕のしたいことの原点だ。文章で伝えるか、空間やサービスや会話で伝えるか。その違いだけでしかない。だから、バーを立ち上げたというより、自分が編集長になって、新しい雑誌を立ち上げたような気持ちなのだ。
 ということで、今回が「月に吠える的日記@新宿ゴールデン街」の最終回である。これまでの連載では、お店で起きた実話をもとに、お客様に迷惑をかけないように編集してお届けしてきた。少しでもゴールデン街やバーの魅力・面白さが伝われば幸いだ。改めて読者の皆さん、「月に吠える」のお客さんや、ゴールデン街関係者の方々に御礼を申し上げます。そして、最終回記念にスペシャルプレゼント。お店に来て「ヒビレポを見た」と言ってくれた方には、もれなく図書カードを差し上げます。今夜、全てのバーで酔いどれている方たちに幸あれ!

-ヒビレポ 2012年12月28日号-

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