笑二登場
島田十万(第9号で「『仕事辞めます』高野勝」を執筆)
厳しい寒さがつづきましたね、年末は。インフルエンザやノロも流行ったりして。
そんな年末の、ちょっとだけ寒さがゆるんだある日の午後のはなしです。高円寺駅から歩いて15分ほどのところにある、広い公園の入り口ちかくのベンチに座って、さっきからなにかブツブツ言っているイガグリ頭の若い男がいます。
黒Tシャツの上に黒いダウンジャケット、黒パンツ。スニーカーの白いのだけがワンポイントになるのかな。わきにはこれも黒い大きなリュックサック。
あっちを向いたりこっちを向いたり、虚空に向かってなにごとかをさかんに呟いています。ドロボウがどうしたとかフンドシがどうしたとか。
小さな声というわけではないのですが、大通りに面しているので車の走行音がうるさくてよく聴きとれません。とぎれとぎれに聞こえてくるだけです。
怒ったかと思うと、笑ってみたり、首を振ったり、手を泳がしてみたり。その間もしゃべりっぱなし。
もう、遠目からだとこのごろ流行の、気持ちがどっかに飛んでっちゃったような、危ない人に見えないこともないんですね。
後ろ斜めから降り注ぐ光が逆光になって、落ち葉をキラキラに光らせています。別に珍しくもないけれども、冬の公園のきれいな景色ですよね。黒づくめの男は正面がシャドーになって顔がよく見えません。ついさっきも、乳母車を押した若いお母さんが、不安そうな顔をして足早に通りすぎていきました。
近くにお笑いタレントの養成所があるので、この公園ではときどき新人漫才師の練習風景が見られるのですが、漫才の練習は2人か3人で派手にやっているからすぐにわかります。
もちろん、この男はお笑いタレントじゃぁありません。
本人は「怪しすぎると思われるのは嫌ですから、扇子をにぎっているようにしています」と語っていましたがどうなんでしょうか。知らないものからしたらこの寒いなか扇子を持っているのは相当怪しい、と見えるんじゃないかな。
とは思いますが、決して怪しい男でもありません。
若い男の名前は、立川笑二さん。
1990年生まれ22歳、沖縄県読谷村(よみたんそん)の出身、射手座O型高円寺在住。江戸落語立川流一門の真打ち、立川談笑さんに入門して約1年半になる落語家のたまご。前座(*1)をやっています。
「稽古は毎日するようにしています。昨日は上野広小路亭で一門会の昼席(*2)があって夕方6時くらいに帰ってきました。雨が降っていたんですね。それでここじゃなくて、屋根のあるべつの公園に行きました。遠いんですよあっちは。それにすごく寒かったです。暖房がないのでアパートにいても同じなのですけどね、カカカッw」
えっ、暖房がない?
環七近くにあるアパートは木造二階建てでかなりの年代物らしいです。四畳半一間、風呂なしトイレ共同で¥25000。大家さん夫婦の家に引っ付いて四室あるのですが現在は2室空いています。ワンフロアーと言えないこともないけれど住人は2Fに笑二さん、1Fに若いパンクロッカーの二人だけ。
12月12日の夜中に笑二さんがツイッターに投稿したこんなツイートをボクは見ています。
「寒すぎて目が覚めた。部屋の温度計を見たら6℃!6℃!冷蔵庫の中で寝てるのと大して変わらない。共同トイレのほうが少し暖かいような気がした。悔しい。寝よう。いや自分の部屋で」
そんなことはないと思うが「共同トイレのほうが少し暖かいような気がした」っていうのが可笑しい。
「ガスファンヒーターはあるんですがガス止められているんですよ。引っ越してすぐ止められたまんま、ガス代一回も払ってないんです。冬は寒いだけですけど、夏のほうが辛かったですね。クーラーもないからコインシャワーに行っても帰ってくるともう汗だくなんです」
クーラーはともかく、暖房は入れましょうよ、生死にかかわりそうです。
(*1)前座 見習い、前座、二つ目、真打ちとある落語家の身分のひとつ
(*2)昼席 寄席などで昼間おこなう興業のこと
-ヒビレポ 2013年1月8日号-