「食い物の恨み」は消えず 第4回

隣の席の駅弁が気になって仕方がない

下関マグロ(「新宿の穴」連載中)
 
 

この前、東京駅で買った「歌舞伎」という名前の駅弁。中身画像は文中最後にあります。
 
 

実家のある山口県へ帰省するときは、飛行機よりも新幹線を使う。
飛行機が怖いというのが、最大の理由だけれど、
やはり、駅弁が食えるからというのも大きい。
東京から乗るときは、お昼少し前の電車を予約する。
東京駅で駅弁を買って乗り込むのだ。
お昼少し前というのは理由がある。
昼まで時間がある便に乗ると、買ってきた駅弁のことが気になって仕方がない。
結局、12時になるまで我慢ができずに開けて食べてしまうからだ。

駅弁をどこで買うかが、これまた大きな問題である。
駅構内の弁当屋は、けっこう混んでいるわけだけれど、
ここで買っておけば、安心感はある。
しかし、ここで買うのは負けであろう。
安くてうまい弁当は、新幹線の改札を抜け、
ホームの弁当屋にある。

僕が買う弁当は、押し寿司か幕内弁当。
最近では、サンドイッチなどを買うこともある。
僕が新幹線に乗り始めた昭和52年は、
まだ新幹線に食堂車両があった。
食堂は高く、混んでいたけれど、
けっこう利用した記憶がある。
どんなメニューかは忘れてしまったけど、
食べた記憶があるのは、ハンバーグ定食、焼肉定食。
定食はけっこう高かった記憶がある。
よく食べたのは定食より安いカレーライス、スパゲティーだ。
スパゲティーはケチャップ味のナポリタンだったと記憶している。
斜め前に座った白人の男性もスパゲティーを食べていて、
実にフォークをうまく使っているのを感心しながら見ていた。
最後に残った短い麺をフォークの背中で押して、くっつけて食べたのが印象的だった。

芸能レポーターの梨元勝が、新幹線の食堂車で
1人で2万円分食べたとかいう噂をテレビ番組だったか、
週刊誌の記事だったかで知った。
また、ビュッフェという軽食を出すところがあって、
ここは立ったまま、細いカウンターのところで
サンドイッチなどを食べた。
車両が揺れるとコーヒーが滑っていくので、
けっこうハラハラしながら食事をした。
今はビュッフェも食堂車もない。

昔は座席まで、うなぎ弁当を売りに来た。
これはよく買って食べたが、うなぎの蒲焼きが少しか入ってなくて、
食べるときにご飯とのバランスが難しかった。奈良漬けが入っているんだけれど、
先にうなぎを食べてしまった場合、後半は奈良漬けだけでご飯を食べなくてはならないハメになり、
ちょっと悲しい気分になったりした。

高齢の鉄道マニアの方がラジオで駅弁についてお話をされていたのを聞いたことがある。
アナウンサーが、昔と今の駅弁でいちばんの違いは何かと問うと、「ご飯の量ですね」と即答された。
ああ、なるほどと思った。自分も昭和30年代の駅弁をかすかに覚えているけれど、
たしかにご飯がぎっしり入っていた。

そうそう、昔はホームに駅弁売りの人がいた。肩から紐をつけた木箱を下げ、そこに駅弁が入っていた。
客は電車に乗ったまま窓を開けて、駅弁を買った。
停車時間はそんなにあるわけではないので、急いでお金を渡し、弁当をもらう。
発車のベルが鳴り、あわててお釣りをもらったり、追加でお茶をもらったりした。
木製の弁当箱にはぎっしりの御飯。今よりかなり重量があった。
お茶は、陶器の入れ物に入ったものだった。
そして、食べ終わった弁当箱は座席の下に捨てた。

夏目漱石の小説「三四郎」の中には、
駅弁を食べたあと、弁当箱を窓から捨てるというシーンがある。
普通のこととして描かれているので、
明治時代は、窓からゴミを投げ捨てるのが普通のことだったんだろう。
今やったら大問題だ。というか、新幹線は窓があかないから捨てようもないか。

今はあまり見かけないけれど、昔よく見たのは冷凍みかんだ。
赤い網に数個が入っていた。
最初はカチンコチンに凍っているのだけれど、だんだんとけて、剥きやすくなる。
どこからともなく、みかんの香りがしてくることがあって、
ああ、だれかが今みかんを剥いているんだというのがわかる。
いまでも、崎陽軒の焼売など温まるものがあってニオイが漂っていたりする。
こういうニオイがしてくると、他人が食べている駅弁が気になる。
あれはどこのなんという弁当だろうかと、思いを巡らせてしまうのだ。

去年の夏、山口県に帰省したときのこと。
新幹線で東京に戻るとき、僕は徳山駅から新幹線に乗るのだけれど、
広島駅から乗ってきた家族連れが持っている弁当に釘付けになった。
包み紙がいい。なにやらイラストマップのが描かれているようだ。
どんな弁当なのか見ていると、おにぎりに唐揚げなどが入っている。
 
 

これが気になったお弁当。「むすび むさし」。
 
 

袋を見ると「むすび むさし」の文字。
昔は、わからないまま、ずっと悩ましい気持ちのままでいることが多かったが、
最近はスマホなどですぐに検索できるので、便利だ。
検索してみると、広島駅では人気の駅弁のようだった。
わかってしまうと、まるで手品のタネを見たような気分になって、
少々冷めてしまうのだけれど、考えてみれば、あれは広島駅で下車しないと買えないのだ。
京王百貨店でやっている駅弁大会にでも出品していれば、食べることができるのだけれどと思う。
というわけで、スマホにて京王百貨店駅版大会を見てみた。
残念ながら「むすび むさし」出品はしていないようだ。
それにしてもこの駅弁大会、その駅にいかなくては買えないものを売っているわけで、
こここそ、食い物の恨みを晴らす場ではないかと思ったりする。
 
 


「歌舞伎」と題されたお弁当。普通の幕の内弁当でした。
 
 

似顔イラスト/日高トモキチ
 
 

-ヒビレポ 2013年1月26日号-

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