「食い物の恨み」は消えず 第5回

お好み焼きは、大阪風それとも広島風のどっちがお好み?

 
下関マグロ(「新宿の穴」連載中)
 
 
 
東京ではかなりおいしい広島風お好み焼きの店「ぶち旨屋」のチーズとんぺい焼き
 
 
ある食べ物を初めて食べたときのことを覚えているものもあれば、
そうでないものもある。
僕の場合、「お好み焼き」はちゃんと覚えている。
小学校2年生の春休みだった。
母親が弟と僕を連れて、ある店へ行った。
ちょうどお昼ぐらいだったろうか、鉄板のある小さな店だが、
客は他にはいかなかった。
壁にはメニューが書かれていた。豚玉とか、イカ、海老とか書かれている。
お店のおばさんから何がいいかと聞かれたので、即座に
「僕、お肉とか卵が入ってないものがいい」
小さい頃の僕は卵や肉があまり好きではなかったのでそう言うと、
おばちゃんは笑いながら
「そりゃ、おいしくなかろう」
と言い、結局、僕の要求は入れられず、メニューは決められてしまった。

 
 
そして、お好み焼きを焼き始めるおばちゃん。
「最初のころは、ひっくり返すときによぉ失敗しよったんよ」
と言いながら、お好み焼きをひっくり返そうとする。
その手つきが子供から見てもなんだかおぼつかないかんじだった。
なんとか、うまくひっくり返して、焼き上げ、ソースなどが塗られて、
うまく切り分け、僕と弟は皿にお好み焼きを入れてもらった。
ソースの上に青のりがのっかっていて、どこが肉なのか卵かわからない。
食べてみると、おいしかった。肉や卵の味はあまりせず、ソースの味が強かった。
以来、自分はお好み焼きは好きなものとなる。
母はお会計のとき、封筒をおばちゃんに渡していた。
お好み焼き屋のおばちゃんは、封筒の中を確認すると
「これ、多いよ。おつりおつり」
と、いくらか戻そうとする。すると母は
「いや、お祝いじゃけぇ、とっちょいて。また来るから」
と言った。たぶん知り合いの女性がお好み屋を開店するというので、
母は僕らを連れて、お祝いに行ったのだろう。
母親はどうかわからないが、僕はこの店へ行くことはなかった。

しかし、中学生、高校生になると、お好み焼き屋にはけっこう行った。
僕が育った山口県のこの町にお好み焼き屋はけっこうあった。
後からわかるのだが、それらのお好み焼きは広島風であった。

大学受験に失敗し、広島市内の予備校の寮に入ったのだが、寮のご飯は土日はなかった。
土曜日は朝ごはんを食べずに、部屋でゴロゴロし、昼になったら、
近くのお好み焼き屋へ行くことが多かった。
寮のすぐ近くの住宅街の中にあったお好み焼き屋で、
痩せて無口なおばちゃんがやっていた。
自宅を改装して一部を店にしている。
広島の町にはこういう店がけっこうあった。

たいてい他の客はいなかった。
静かな店で、住宅部分からかすかにコーセー化粧品提供の歌謡ベストテンという番組が聞こえていた。
いちばん安い豚玉を注文する。
広島でお好み焼きを注文すると
「そばですか? うどんですか?」
と聞かれる。予備校生時代の僕はたいてい
「うどん2玉」
と注文していた。そして、さらに
「お皿でください」
とつけ加えた。鉄板で食べるのはどうも苦手だった。
鉄板前ではなく、店にひとつだけあるテーブルに座る。
女性週刊誌しかないので、それをそれをパラパラめくり、
歌謡ベストテンの音楽を聴いて、焼けるのを待った。
大きな皿に入れられたお好み焼きを黙々と食べ、
満腹になり、寮の部屋に戻って、歌謡ベストテンの続きを聴くのが、
予備校生時代の土曜日の午後の過ごし方だった。

その後、大阪の大学に進学したのだが、
大阪のお好み焼きにはずいぶん驚いた。
まるで違う食べ物なのだ。
しかも、当時僕がいた大阪には、
広島風のお好み焼き屋は皆無だった。

キャベツが多く、小麦粉の少ない広島風のお好み焼きに慣れている僕にとって
小麦粉を水でとき、そこにすべての具材を入れて鉄板で焼く大阪風のお好み焼きは、
なかなか馴染めなかった。
大阪には5年ほど暮らしたが、5年目くらいでやっと大阪風のお好み焼きがおいしいと思えるようになる。
南海高野線の北野田という駅前に銭湯があり、そこの前にあったお好み焼き屋はおいしくてよく行った。
夜、風呂上がりにこの店でよくお好み焼きを食べた。たいていお好み焼きにごはんと味噌汁という組み合わせが多かった。
よく、東京の人は大阪の「お好み焼き定食」というのに懐疑的だが、
大阪のお好み焼きはご飯のおかずやビールのアテにむいていると思う。
対して、広島風は、そこにそばかうどんが入ることでもわかるようにそのもの自体が食事である。どちらも旨い。

そして、東京にやってくるのだが、
東京では、まったくがっかりするほど、お好み焼きはおいしくなかった。
大阪風、広島風と両方あるのだが、どこもさほどではなかった。
やっとおいしい店を知ったのは、京王線の明大前駅に住みはじめたころだ。
近くに「とんぼ家」という広島風お好み焼きのお店があって、
ここはなかなかおいしかった。
僕は、ここで、「そば1.5玉」にしてもらった。年齢は30代になっていた。
そして、最近食べて美味しかったのが、西新宿の広島風お好み焼きのお店「ぶち旨屋」である。
ただ、僕はたまたま予約せずに入ることができたが、この店、けっこう人気店で、
予約したほうがいいそうだ。
お好み焼きで予約というのもちょっとねぇ。
たかがお好み焼きに行列したり、予約するのはどこかおかしい。
現在、客のいない不人気なお好み焼き屋を探索中だ。
 
 

こちらが「ぶち旨屋」の「ねぎかけ肉玉そば」。本当に旨い。
 
 

似顔イラスト/日高トモキチ
 
 

-ヒビレポ 2013年2月2日号-

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