ハルヒマヒネマ 3−4

野生のわくわく動物ランド

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 

こないだの朝、犬が散歩に出たけど、ブルブル震えて歩きたがらない。ああ、そんなことが前にもあった。左目が白内障で見えなくなったときだ。
すぐに片目になれて、大暴れで生活してたのに、こんどはかろうじて見えてた右目もみえなくなったんだろう。
そういや、きかんぼうで、あまえんぼうで、わんぱくで、友達んちの幼児そっくりで、ついついわすれるけど、14歳になるおじいちゃんだった。
見えなくなった朝、しばらくぼんやりしゅんとしてたが、ごはんの時間、ソファーから飛び降り。尻尾を振っていた。
見えなくなることも、寿命が来ることも、朝が来るのと同じような感覚なんだろうか。うらやましい。ハルヒも近いぞ。

 

『クラッシュ』 2004 USA
D:ポール・ハギス W:ポール・ハギス/ボビー・モレスコ A:サンドラ・ブロック/マット・ディロン

どういうわけか『ロスト・ハイウェイ』と混同していてずっとみた気になっていた『クラッシュ』。内容も公開時期もぜんぜん違うのに。事故つながりってだけで。
そしたらクローネンバーグの『クラッシュ』と『ロスト・ハイウェイ』が同じ頃公開されてた。その並びの印象で勘違いしてたんだな、ハルヒ。
そんなわけで、ようやく『クラッシュ』をみれた思い違いの多い人生。
その人がどういう人生を抱えた人間なのかなんて、表向きはわからない。知りたいともまず思わない。すれ違ったことさえ気づかない他人がほとんどの世界だもの。
サンドラ・ブロック、マット・ディロン、ブレンダン・フレイザー。登場人物はだれでも知ってるアメリカ映画なじみの顔なのに、彼らもまた意外な役を演じている。
悲劇かと思えば喜劇のような映画だ。救われない気持ちを同時に救ってもくれる。
始まりは自動車事故だけれど、銃で防衛する社会に暮らす人たちの愚かしいループを寓話のようにみせられる。
ポケットに手を入れただけで、そのポケットに何が入っているのか、何を見せようとしてるのかなんてわからないのは当然だけれど、ハルヒたちはとりあえず、その手が何をつかんで出てくるのか待てるじゃないか。
そりゃあそこで拳銃が出てくれば、死ぬ程驚くけど、ハルヒたちは拳銃なんか出てこないことを信じてポケットの中に滑り込んだ手を待てる。なにか楽しい、いいものがでてくるんじゃないか、悪くて、カエルくらいだろう(ハルヒには死を意味するが!!)。
人種差別の描写は、もしかしたら、今までみてきた映画の中の差別で一番ショックだったかもしれない。今は昔の遠い国のはなしではなく、現在の、ハリウッドに近いアメリカで、こんなあからさまな差別がまかり通っているなんて。
この映画をつくった人たち、演じてる俳優たち、賞をおくったアカデミー、ハルヒは彼らのことを信じたいけど、この映画のような一面を持っていないとも限らない。
映画の中のループは、ハルヒの暮らしには接点もないことだけど、それでもハルヒは、このループをハルヒのところで断ち切れる人であろう。そういうふうに生きよう。おっかないけど。他人のポケットの中を信じて、攻撃も、防御も、しない。そういうふうに生きよう。
おっかないけど。
 
 

『BULLY』 2002 USA/フランス
D:ラリー・クラーク W:ザカリー・ロング/ロジャー・プリス A:ブラッド・レンフロー/マイケル・ピット

ラリー・クラークの子供たちの写真や映画をみてると悲しくなってくる。子供たちが動物に見えるから。
ハルヒたちからみると、動物って自分よりも幼い(どんなにでかくても)かわいい(どんなに凶暴でも)守るべきものだけど(どんなに図々しくても)動物の世界では、彼らはハルヒよりもずっと早く大人で、動物の大人っていうのは社会の仕組みを知ってる、うまいことやれる、ってことじゃなく、子供を生み増やす機能を使い始めるってことで、つまりハルヒは、動物の世界では子供だ。
人間の社会で暮らす動物は、いくら大人だからって、人間の保護なしには生きていけない。でも、動物はそんなこと思ってないだろう。狩りをするのと同じように、与えられた餌に食いつく。
この映画の子供たちは、家族に愛されている。家族をあいしている。フロリダの住宅街にすむしあわせな子供たち。でも信じられ無いくらい馬鹿だ。
物語は、実際におこった子供たちによるいじめっ子殺害事件がベースになっているが、子供たちの不安定な季節を探ろうとするものではなく、理解しようとするものではなく、ただ、ラリー・クラークが、馬鹿な動物たちへの愛をもってみているだけ。手を差し伸べることはしない。
その視線がハルヒは好きだ。
おかげで最後、彼らにくだる容赦のない審判は、こういう実録子供犯罪映画にしては、ハルヒの胸のすくものだった。
彼らは動物の大人だ。
 
 

『イントゥ・ザ・ワイルド』 2007 USA
D/W:ショーン・ペン A:エミール・ハーシュ/ウィリアム・ハート

ワイルドという言葉の印象をすっかり勘違いしてたので、ちょっと愕然とする話だった。
大学を卒業すると同時に、親から与えられたもの、社会から保証されたものをすべて捨てて、新しい人間に生まれ変わろうとしている主人公。旅の先々で出会う人の、新しい価値観に触れながらも、彼はどうしても彼にとって充分な愛をしめしてくれなかった両親を許せない。アメリカの輝かしい若者として、恵まれた環境や才能を持っているのに、彼の中で何かがまだ完璧じゃなかった。
自分に対して真面目すぎるんだ。両親を許せないというよりも、自分を許せないでいるようだ。
それで、彼は、彼に関わった新しい人との縁さえたちきり、たったひとり、アラスカの荒野で野生の、原始の生活をはじめる。
ヒッピーくらいで自分を勘弁しとけばいいのに。より完璧な人間の姿になろうとした彼。
荒野にはいってすぐに、先住者により打ち捨てられたバスをみつけ、ベッドやストーブのある生活をはじめるが、結局、ほんの4ヶ月で彼は餓死して発見される。

大きなヘラジカをしとめるシーンが悲しかった。鹿はもちろん気の毒だが、せっかくの獲物を、食料としてどう処理することもできないまま、腐らせてしまい、河原に捨てたそれを野生の動物たちがたくましく食いつくすのを見せつけられる。
肉を口にするまでに、ハルヒたちは何人もの人間の手を借りている。その人間の手の存在を考えようともしない。ハルヒは自然に直結しているわけではない。

エミール・ハーシュはすごかったな。餓死を予感させるまでに体を変えてしまった。
ショーン・ペンの『ミルク』の若き活動家クリーブ・ジョーンズ役の彼すごく良かったな。
 
 

『吉祥寺の朝日奈くん』2011 日本
D:加藤章一 W:日向朝子 A:桐山漣/星野真里/要潤

乙一であるらしい中田永一の恋愛短編が原作だというが、原作では1人称で語られていたらしく、それが不思議だ。
というのも、思ったよりもいい感じで、主人公キリヤマレンと、年上の人妻ホシノマリのぼんやりした不倫の日々を心地よくみていたら、突然、いや、突然って事さえ気づかないくらいさりげなく、え?っと違和感を感じたと同時に、がらっと今までみていた世界が覆されるのだが、これは一人称じゃ語れないんじゃないの?と言うか、ルール違反じゃないのって、思ったから。ほんと、どういうふうに原作では書いてあるんだろう、気になる。
ハルヒはこの小説家のファンじゃないし、予告をみても、DVDのパッケージをみても、パステルカラーな世界のほっこりハートウォーミングなちょっと風変わりを自称する邦画の恋愛映画なんて、手に取る予定もないのだけど、なんで手に取ったかというと、主演のキリヤマレンが好きだから。『仮面ライダーW』の左翔太郎としてメジャーデビューした人だけど、デビューがミュージカル『テニスの王子様』だったんで、ハルヒたちは、そのミュージカル出身の男の子たちを、卒業後も身内感覚で見守り応援してしまう習性があるのだ。
でも、その習性のおかげで、この映画のパステルカラーのパッケージの中味に出会うことができた。
ちょっと掘り出し物感。
その、がらっと、いう瞬間は、うわーっというおもしろさでは無いんだけど、ドライブ中にふいに、ふわっと無重力を感じる、あの楽しさで、1度しか味わけない楽しさだ。

ハルヒ、最近友人たちとZINE作りをはじめて、これがすごく楽しい。そこでハルヒたちが日々をささげる王子たちのことをあれこれ語り合ってんだけど、この『吉祥寺の朝日奈くん』みたいなファンじゃなきゃレンタル屋の棚でも手にもしないだろうB級アイドル映画の特集をやりました。
ZINE(ジン)/ミニコミ/アーティストブック多種多様なインディペンデント・パブリッシング、世界の同人誌を扱うオンラインショップLilmagSTOREさんで扱ってもらってます。
興味ある人は是非どぞ。

TERMINAL発行 『PORCH』vol.1
http://lilmag.org/?pid=54285373

Lilmag STORE
http://lilmag.org/
 
 

ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://www.bookman.co.jp/rensai/esp.php?_page=boyslife
 
 

-ヒビレポ 2013年1月25日号-

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