ちょっとプアンなタイ散歩 第6回


ただいま

 
吉野 歩(第5号で「カラスを飼うという愛の行方」執筆)
 
 
 

たった今、“ただいま”という言葉について考えているのですが、この4つのひらがなをずっと眺めていたらゲシュタルト崩壊を起こしました。もうヘンな形にしか見えません。吐きそうです。吉野です。

“ただいま”とは皆さんご存知のとおり「只今帰りました」の略ですが、皆さんは現在、どんな場所でこのセリフを発していますか? 自宅、実家、会社や事務所、もしくは内緒にしている別宅があるなんて人も……おっと危ない、そんな話じゃなかった。何が言いたいかというと、「今までとは違う場所で“ただいま”と言ってはみたものの、どこか照れくさい場所や場面」ってありませんか?ってことだ。例えば、恋人と同棲して間もないころの、ぎこちない“ただいま”とか。あと個人的には、何度か通って行き着けになりかけている小さな飲み屋とかも、そうです。外でタバコを買って戻ってきた直後、カウンターに座りながらマスターに告げる“ただいま”。「常連への階段」を1歩上がった瞬間を感じるなぁ。あれもちょっと照れくさい。

バンコクでも一度、そんな“ただいま”があった。

 
 

あれは2009年のこと。スクンビット通りの奥のそのまた奥、白くて乾いた細い道の脇に1軒だけぽつりとたたずむ売店。そこの主である“おばあ”の笑顔にどことなく親しみを感じ、身振り手振りで頼み込んで写真を撮らせてもらった日のことだった。なんていい顔なんだろう。

 

 

元々撮られることが好きな人なんだろうか、それとも、この店にはあまり人が来ないのだろうか。いや、私のジェスチャーがよっぽど滑稽だったのだろうか……。シャッターが数を重ねるごとに、どうやらテンションが上がってきたおばあ。店の奥に手招きをし始めた。するとまたもう一人、別のおばあが出てきたのだ。なんだ、この店のバックヤードには「おばあ製造機」でもあるのか。2番目のおばあは、面倒くさそう、というかどこか気恥ずかしそうに見えた。
「チャラーン、ペランカー」
「イポーッ」
二人の会話。(意味は分からないが、タイ語の会話ってこんな風に聞こえる)。雰囲気から察するに「よー、チエさんや。この外人の子が写真撮ってくれるっていうから、あんたも出てきんさい」「え〜、私はいいわよ恥ずかしい。あんた一人で撮られなさいよ」「何よぉ、減るもんじゃなしに。いいじゃない。いいから一緒に撮ってもらいましょうよ」というやり取りに聞こえた。こうなったら流れに乗ろう。とりあえず私も、二人に向かってものすごく頷いておく。OK、ダイジョーブ、モーマンタイ。そして――、

 

 

初めからいた方のおばあ(写真右)が長いこと説明してくれて1つだけ分かったのは、この二人は姉妹で、彼女は姉であるということ。そう言われれば、鼻と唇の形がそっくりですね! 手を叩いて喜ぶ私。「通じた」という事実に顔を見合わせて喜ぶ“婆シスターズ”。

おばあ(妹)の恥らいっぷりから想像するに、この二人、あまり一緒に写真を撮る機会はなかったんだろうなぁ。だったら、これを日本で自分だけが所有するのは、ちょっと違うだろう。やっぱりこの二人に残してあげなきゃ!! 勝手なおせっかい根性がムラムラと頭をもたげた。「ちょっと待ってて! 写真、印刷してくるから!!」と、表通りのDPEショップに走る私。もちろん婆シスターズに意図は伝わらない。きっと、急に逃げ出したと思ったはずだ。違う違う! 灼熱の一本道、ドスドスと土ぼこりをあげながら心の中で叫ぶ。ばーちゃん、私、二人にこれさプレゼントしたいんだ!! 待っててけろ〜、待っててけろぉ〜。

デジカメプリントは30分で出来るというので、データの注文だけしておばあの元へ戻る。

「ただいま」

疲れたからつい日本語で言っちゃったけど、言った後でなぜかちょっと恥ずかしい気分になった。ここ絶対あんたの家ちゃいますがな。そんな心のツッコミはつゆ知らず、はぁはぁ肩で息をする私を見て、おばあ(姉)がニコニコ笑いながら焼バナナを出してくれた。

 

 

焼バナナは表のドラム缶で焼いていたもので、そこには値札が付いていた。
「これって売りもんじゃね? いいの、ばーちゃん?」
「いいのいいの、あんたはそんな心配しなくても。ほら、早く食べないと冷めてしまうよ。」
(と、ジェスチャーで意思疎通)

はふはふ……ほふ……、ふぐっ。

本音を言うと、暑いときに熱い物を食べたくはなかったのだが(どちらかと言えばジュースのほうがありがたかった)、それを差し引いても、熟れて真黄色のバナナは甘くてホクホクして美味しかった。幼い頃、家の大人たちにおやつがわりに作ってもらった「ふかし芋」をなんとなく思い出す。やっぱりこの状況、「孫」っぽいよなぁ。それに、普段は他人からじろじろ見られたら萎縮してしまうのだが、おばあの眼差しはいくら見つめられても居心地がよかった。

30分経ったので、写真を受け取りに出かける。そして二度目の「ただいま」。おお、さっきより抵抗がない。なんだか、ここが本当に自分のばーちゃん家みたいな気がしてきたぞ。もう勧められてもいないのに、イスにどっかり腰下ろしちゃってるし。我ながら単純かつ気安すぎる。

DPEショップのビニール袋から写真を取り出して見せると、おばあたちは大変喜んだ。商品の棚から売り物の缶ジュースをどけ、そこに飾ってくれた。

 

 

「わ〜、そんなとこに置いてくれんの? ありがとう、ばーちゃん。」
おばあ(姉)は、自分1人のショットと姉妹一緒のショットをどういう配置で置くかで悩んでいるようだった。今度は私がニコニコと眺める番だった。

こんな風に“ただいま”と言いたくなる人に出会えたら、その国はもう「他所(よそ)」じゃなくなるのかもしれない。――なーんて格好つけてみたものの、帰国の日。おばあの店を再訪するはずが、場所を忘れてしまったために辿り着けず! 再会の約束を果たせないままノコノコと日本に帰ってきた不出来な孫です。

ばーちゃん、あの写真まだ持ってるかね??
 
 

-ヒビレポ 2013年2月11日号-

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