ハルヒマヒネマ 3−5

スウェーデンは総武線に乗って

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 

あのIKEAがようやく日本に出来たときは、外国に住んでる友達のかわいい部屋が、これもIKEA、これもIKEAで〜ユーロって、大変賢くいやすいいい買い物をしてるのがうらやましかったから、ハルヒの中で小さな祭りだったが、実際船橋店に行ってみたら、買えるものは異様に安いプラスチックのままごとみたいなカラフルな食器くらいだった。たしかにやすくてかわいくてセンスのいい家具やファブリックがいっぱいで、自分ちをすっかり模様替えしてしまいたい気にさせられたけど、この安さだとヘタしたら友達んち行ってもハルヒんちとまったく同じになってしまいそうだ。
そんでも、ふらっと千駄ヶ谷から総武線に乗って(西船橋で京葉線に乗り換え)南船橋まで1時間程、外国の気分を味わいにいくのはいい。あそこは、駅を降りて、IKEAの建物までの原っぱのむこうに見える団地がなんかこう、スウェーデンっぽいと思う。駅降りたとこにいつもキムチ売りの奥さんがいるけど。

 
 

『プラハ!』 2001 チェコ
D:フィリップ・レンチ W:フィリップ・レンチ/ズデネク・ゼレンカ A: ズザナ・ノリソヴァー/ヤン・レーヴァイ

プラハ!というから、ハルヒが2009年に旅行したプラハの街がみれるのかと思ったら、これは1968年のチェコ・スロバキアで、“プラハの春”を謳歌する卒業間近の高校生達のひと夏の恋の話で、舞台はチェコのどっかの湖畔の村だった。ジャック・ドゥミのミュージカル映画のような色とりどりのミニスカートと、ふくらんだ頭と、カラータイツの世界。
恋をしたい。セックスしたら頭が良くなる。卒業試験をパスするには、彼氏を作るしかないわ!そんなとんちきな女の子たち。チビの耳年増と眼鏡の隠れエロと冒険心あふれる正統派美少女が、アメリカのスタンダードなポップスのチェコ語版で歌い踊る。
高校生最後の夏休み。彼女達の村に軍を脱走し、遠いアメリカを目指す3人の若い兵士達が、やってくる。
その夏が、68年だというのが、この夏の移動遊園地みたいな楽しいミュージカル映画の大きなテーマだということを、ハルヒはまったく知らずにみていた。
映画は、気づくといつの間にか、ミュージカルシーンがほとんどなくなっている。そして、不穏な暗雲が立ちこめるように、「チェコ事件」が重い靴音を響かせてくる。
ハルヒが訪れたプラハは奇妙な街だった。
ゴシック様式の古い町並みに、パステルカラーのルネッサンス様式、斬新なキュビズム様式の建物がまぎれ、ぐにゃりとひね曲がったビルや分けのわからない彫刻が点在してて、中でも、ハルヒがぽかんとしたのは、テレビ塔。地下鉄の路線図を見てたらなんだか気になる変な形のアイコンがついた駅があって、取り合えず降りてみたら普通の家並みににょきっとそびえた近未来なタワーが現れて、道案内版をみたらテレビ塔らしい。その辺り、ジシュコフ地区を散歩して、丘の上に登ったんだけど、その丘の上が、まるで死後の世界。360度異様な青空。街ににょきっとそびえる銀のテレビ塔。死んだら、こういうとこを散歩するんじゃないだろうかとハルヒは思った。(なので、死後の丘と名付けた)
帰り際。そのテレビ塔を近くで見上げて、息を飲んだ。
なんだか巨大な顔の無い赤ん坊が何人も、テレビ塔をハイハイしてよじ上ってるんだもの。
夢をみてるような街だった。プラハ。
 

『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』 1970 スウェーデン
D/W:ロイ・アンダーソン A:ロルフ・ソールマン/アン=ソフィ・シーリン

何年か前、ロイ・アンダーソン監督の『愛おしき隣人』がかかった時に、リバイバル上映された映画。これ、ハルヒがこどもの頃『小さな恋のメロディ』と一緒に『純愛日記』として公開され、ヒットした映画らしい。知らなかった。
でも、たしかに、ハルヒがこどもの頃、おねえさん達は、こういう外国映画に夢中だった。マーク・レスター、トレイシー・ハイドは日本のティーン雑誌にも載ってたアイドルだった。そしてあの頃の少女漫画は、なんとも忠実に、そういった外国の男の子女の子をアレンジしてた。つり眉に大きなたれ目、くせっけ、そばかす、ブレザーにネクタイ、くわえ煙草、オートバイ。
『小さな恋のメロディ』なら、ハルヒは断然トムを演じたジャック・ワイルドが好き。たぶん、映画を見たら、あー“やまだないとのまんがにでてきそうな男の子だ”と思うだろう。
この映画リバイバル上映の時も売り文句は“スウェーデンの『小さな恋のメロディ』”だったが、ハルヒ初めて見てみて、もう、自分の中の外国観は、みたことも無かった(もしかしたら忘れてるだけでみてたのかもしれない。お姉ちゃんたちが夢中だったはずだ)このスウェーデンの映画の中にすべてあるじゃないかと驚いた。
ひにやけた小麦色の肌、ちょっと上を向いた鼻の頭もほっぺたもてかてか、隙間の多いこどもっぽい歯並び、薄い色の目、薄い眉、濃い下睫毛、どこまでもまっすぐな脚。
14.5歳の子供たちは、普通にバイクを乗り回し、普通に煙草をふかしてる。
恋をしたら、大人と同じように、キスをし、抱き合う。
こういう映画を当時の男の子たちがどう見てたのかは知らないが、女の子たちはそれを少女漫画に反映し、心に常にヨォロッパを育ててきた。
ヨォロッパを抱えた男の子なんて、ハルヒの近所のどこ探したっていやしなかった。
ところが、ロイ・アンダーソンの映画として今見てみると、これは小さな恋の物語とは違う気がしたのだった。
たしかに、前半はペールとアニカが出会い、ただ見つめるだけの恋から、少しずつ近付いていくふたりを見守るような映画だ。
見つめる視線と見つめられる横顔、何ともみずみずしいコケモモの甘酸っぱさ。
でも、2人が出会うのは、お互いの家族が入院している病院の週末の面会日。
面会日と言っても、ピクニックのように患者達も家族も木漏れ日の森でにぎやかだ。
ペールはおじいちゃんの、アニカは若いおばさんの見舞いにきているのだけど、よく考えたら、そこはただの病院なんだろうか。どうもみんな心を痛めているような気がする。鬱病治療の入院なのかもしれない。
つきあい出した2人は、お互いの家に泊まりにいく。家族公認でおおらかな、さすがスウェーデンなんて思うんだけど、ふたりの父親は、どこかうつろだ。母親も、台所でひとり泣いてたりする。退院してきたおばさんは、結婚してないことが不安だという。幼い恋人たちを見守りながら、やっぱりこっそり泣いている。
お互いの家族があつまって、湖畔のペールの田舎屋でザリガニパーティーを開くその夜は、霧の中とても不思議だ。いつの間にか子供たちではなく、大人たちを見守っている。
不安定で悲しい大人たちも、かつては輝く甘酸っぱいペールとアニカだった。しあわせいっぱいの夜、朝を迎えたペールとアニカはいつの間にかいなくなったのか、霧の中森から戻ってきた大人たちを見つけ、愉快実に笑う。
それが未来の自分たちの姿だなんて思いもしないんだろうな。

70年の映画にしては画面もファッションも今の映画だとそのまま思ってしまいそうに新しい。これがデジタルリマスターというヤツなのかな。
男の子たちの中にひとりすーっとした完璧なまなざしの金髪の男の子がいるんだけど、アニカを見つめるペールの視線の先に必ず移り込む、その子『ベニスに死す』に出る前のビヨルン・アンドレセン!
こんな男の子に生まれて、18歳くらいで死んでしまいたかった。
 

 

ハルヒのスウェーデン旅行は失敗だった。北欧がはやりはじめたので、フィガロやら何やらの特集記事をみて、とりあえず、ストックホルムに行けばなんかかわいく楽しいことをみつけられると思って立ち寄ったんだが、天気がいいだけで、真四角の建物が規則正しく並ぶ町並み、路面電車、背の高い金髪の人々、スウェーデンポルノとか馬鹿ロックのTシャツとかおみやげにしようと思ってたのに、なんだか何も発見できないまま、ゴットランドという島に渡ってた。
もう一度、ストックホルム、リベンジしたい。
 
 

ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
 
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://www.bookman.co.jp/rensai/esp.php?_page=boyslife

 
 

-ヒビレポ 2013年2月1日号-

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