イメージの詩 第27回

読者を想定する

 
 
えのきどいちろう
(第10号で「活字とラジオ(とテレビ)はこんなに違う」を執筆)
 
 
 
 本来はこの流れだったら(たぶん86年かな)当時、新しく始めた『ミュージックマガジン』の連載について書いていくところだと思う。が、それは後まわしにする。僕という「駄目ライター」が、20代、どんな実験というかチャレンジを試みていたか書き記しておきたくなった。んーと、これはご破算になってしまった(?)「しまぶく道場」企画で、島袋寛之君がこう書いたことに多少つながっている気がするんだ。

 「受け手(読者)」に文章の理解をゆだねるかどうか、という部分にも通じる事なんでしょうか?そこに自覚的、もしかすると意図的であるべきなのかどうか(島袋寛之)

 島袋君の意図はわからない。これだけならどうとでも取れる文章だ。島袋君はライターだけあって自意識が強いから、自分のまるごとというのか、まぁ、真意のようなものを読者に全て渡すことに懐疑的なのかもわかんない。まぁ、実際問題、「真意が全部届く」なんて状態はファンタジーというべきで、僕らは表現が甘かったり言葉が足りなかったり、あるいは先方が誤読したり、もう色んな理由でこの問題では苦労している。といって、島袋君くらいのキャリアの書き手には「んなこと言ってないで、最大限、せいいっぱい届けられるように工夫したら?」と思いますけど。

 
 

 が、本当を言うと僕は島袋君より若い20代半ばくらいの時点で、この件について手を変え品を変え様々なアプローチを試みた。いや、純文方向じゃないすよ。通常のフリーライター業の範囲で。例えばそれはね、こういうことだ。

 まぁ、わかんないけど『GORO』とか『週刊プレイボーイ』の無署名の4ページ特集書くことになったと思ってください。こないだ触れたけど原稿料がいいから有難いことだ。仕事仕事。だから最初のうちはノウハウをつかもうといっしょうけんめいやるじゃない。で、僕はここが「駄目ライター」なんだけど、しばらく続けるとすっかりあきてしまうんだね。職人に徹することができない。実用一点張りの原稿のなかで何か遊びたくなる。つまり、目的はモチベーションの維持だ。

 最初の最初にやったのは「タイムアタック」だったと思う。出版社の会議室でせーので始めて、どれだけ早く仕上げるか。自分だけの遊びですね。ルールの改変。「いい特集記事を書く」ゲームに「それを早く」というルールを勝手に加える。まぁ、早い分には編集者だって文句ないからメイワクかかんないでしょ。

 自分だけの遊びシリーズは他にもあって、「原稿のなかで、さ行を使わない」とか「ま行を使わない」みたいなやつも凝った。これは言い換えが思いつかなくてあったま来たりするんだよ。あと、レイアウトシートをもらって仕事してた頃だからできた遊びだけど「文頭の文字をヨコに読むと別の文になる」も何度かやった。これって後に2ちゃんねるで一般化したでしょ。あぁ、人間考えることは同じだなと面白かった。だけど、僕は商業誌の特集記事でやってたんだ。もちろん何行を使わなかろうがヨコに読めようが、記事のクォリティは落とさない。お金もらってやってることなんだからそれはちゃんとしないとね。

 この時点では本当に自分だけ、まぁ、せいぜい親しい友達に教えて喜んでもらう程度のことだった。で、早々とそういうのにもあきてきたんだね。次に考えたのは「この実用一点張りを面白く作り変えるとしたらどうするか?」だった。これも一義的には「いい特集記事を書く」がゴール。それがゴールなんだけど、編集部が意図してない(オリジナルの)妙味をつけ加えるとしたらどこにポケットがあるだろうか。僕は「90点から99点あたりの答案を作る」をイメージした。つまり、10点から1点の範囲で僕が考えたヘンテコなものを混入させる。まぁ、幸いマジメそうに見えるタイプだったから「いっしょけんめいやったけど、ちょっとズレたんだなこいつは」と編集の人には思っていただく。「ま、大体あってるからいいか」とか。

 初歩的なやつだと何人かの識者コメントのなかに、何でこの人から取ったんだ意味わかんねぇという人をひとりだけ混ぜておいたり、全体の構成のなかでわざわざ脱線する箇所を作ってふくらませたり。これはもちろん直しを要求されることがあった。が、匍匐前進を繰り返してるうち、同年代の編集者が面白がってくれるようになった。若手編集者は立場が似ている。ぜんぜんその企画に乗り気じゃないんだけど、上から言われてっていうケースがある。そうすると自分だけの遊びだったものが、初めて共犯者を得る。もう、僕は嬉しくてたまらない。その担当笑わせるために必死にアイデアを凝らす。これを急に書いたらあいつも噴くだろうみたいなやつを原稿のなかにしのばせる。

 で、これがいちばん原初的な状態。整理すると読者想定はこうなる。1、特集記事を読むスクエアな読者(またはマジメな編集部デスク)、2、原稿の最初の読者である担当編集者。この2層の読者に両方サービスしなくてはならない。両方成立させなくちゃならない。

 現場のなかでなんとなくできあがった「読者想定の2層化」はその後、アプローチとして発展していく。続けるうちに「書くことの技術」のなかには、文章力のほかに「読者想定」の方法もあるんだなぁと考えたりする。が、今日はここまで。つづきは来週にします。

 
 
-ヒビレポ 2013年2月24日号-

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