ちょっとプアンなタイ散歩 第8回


あの2週間(1)

 
吉野 歩(第5号で「カラスを飼うという愛の行方」執筆)
 
 
 

22歳の冬――。今まで書いてきた話より、ずっとずっと前のことだ。私はバンコクへと向かうべく成田空港に立っていた。初めての一人旅のくせに、全然ウキウキじゃない。むしろ、山奥に身を隠さんとする落ち武者のように、ぐったりとうらぶれた気分だった。

その原因はすべて、この旅に至るまでの情けなさすぎる経緯にある。

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実は少し前まで、妻子ある人と付き合っていた。8つ年上だった。「本気です!」「一緒にいられれば他は望みません!」なんていうと聞こえがいいかもしれないが、要は自分のファンタジーを貫くことしか考えてなかったってことだ。そのせいで色々なことが起きた。バイト先を巻き込んでの攻防戦、両親への発覚、彼夫婦を交えての家族会議、裁判の話。人気のない夜道を歩いていて、「あぁ、ここで刺されても仕方ないよな」と覚悟した日もある。数ヵ月後、彼は離婚をして私を迎えに来た。

だがしかーし! そのまた数ヵ月後、まさかのサヨナラ!! 理由は書かないけど、どうしようもなく、どこにでも転がってそうなことで、恋の情熱はあっけなく冷めてしまったのだった。茫然自失。完全に自業自得なのだが、己を含めた何もかもが信用できなくなってしまった。人と人との繋がりって何? 善悪って何? 夢って何? ここはどこ、私はだぁれ?

オツムの中はすってんてん。

そんなとき、ふと「静養」という言葉が頭に浮かんだのだった。ニュースなどで「紀子さま、軽井沢でご静養」って言われるアレだ。細かいことは知らんがなんだか良いイメージじゃないか。私もどこか遠くに行って、のんびり過ごそう。正直、もう誰とも会いたくないし会話もしたくないんだ。実家にいるのもツラい。うわーん、一人になりたい!! 

これじゃ「静養」というより「引きこもり」ですな。さて、どこに引きこもろう? 当然だけど私、別荘持ってないしあんまり金もない。では熱海あたりの安ホテル? ダメだ、すぐ帰ってきちゃいそうだし。違うんだよな、なんかこう隔離された感じがほしいんだなぁ。

そうだ!

「タイ」があった!!

私の知っている唯一の海外。バンコクへは前の年に、大学の友人A子と旅行をしていた。あそこなら安くて長期間滞在できる。確か航空券にホテルをつけても、5泊6日で7万円しなかったような気がするし。期間は――、2週間ぐらいあればさすがにスッキリできるでしょ。航空券を日付指定で取っちゃえば、その日まで帰りたくても帰れまい。なんという名案だ。

ふふふ、タ~イ、タ~イ! 脳内で鳴り響くシュプレヒコール。でたらめの自作の歌さえ口ずさむ。完全な躁状態だ。

♪初めての一人旅だって No problem.
予定も立てない It’s so nice!
どうせ引きこもるだけなのだから
英語ができない So what?
「ふれあい」なんてクソ喰らえ~

しかし、出国数日前になると急に不安が頭をもたげてきた。今度は、鬱状態がやってきた。「今回はしっかり者のA子もいないんだぞ?」「だいたい1人で2週間なんて耐えられるのかよ?」 心の悪魔がささやきかける。だが、航空券をキャンセルしてもお金は戻ってこない。まったく情けない話だが、お金の強制力のおかげで私はなんとか成田空港までたどり着くことができたのだった。

もう逃げられない。搭乗ゲートのソファに腰を下ろし、腹をくくる。

きっとこれは通過儀礼なのだ。しがらみや過去から切り離した「自分」という人間は、いったいどういうヤツなのか。それを見極めるんだ。ではではさよーなら、日本の吉野歩。
 

 
 
フライト時間は6時間半。
バンコクに着くのは、深夜になるだろう。

こうして100%予測不可能、波乱万丈の14日間がスタートしたのだった。

 
 
-ヒビレポ 2013年2月25日号-

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