ハルヒマヒネマ 3−7

スーパー・ヒーロー・タイム

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 
 
 

漫画家、小説家、みんなは描きたい(書きたい)ものが胸の内にあふれてるから、描く(書く)んだろうか。ハルヒも、こないだまでは、自分には描きたいものがあるんだろうと思っていたんだけど、どうも、そうじゃなく。ハルヒは、なりたいものがあるから、描いたのだった。江口寿史のような人になりたかった。漫画家のような生活がしたかった。『ジュ・テーム』(のちに・モワ・ノン・プリュがついた)のジェーン・バーキンのような女の子をいやらしくみつめる男の子になりたかった。『翔んだカップル』のような映画を撮る人になりたかった。それで、漫画を描きはじめた。絵のセンスは持ち合わせていたが、技術はないので漫画を描くのはだましだましだったが。
さて、ハルヒは、もはや決定的にウェス・アンダーソンになりたいが、ウェス・アンダーソンを漫画でやるには、ハルヒの持ち合わせた技術じゃどうしようもなくなってしまった。こうなったら来世にかけるしかない。生まれ変わったらウェス・アンダーソンになる!
今んとこ、ウェス・アンダーソンはハルヒの最強ヒーローで、もうひとつの世界のもうひとりのハルヒだ。


 
 
 
『ムーンライズ・キングダム』2012 USA
すべてウェス・アンダーソン! A: ジャレッド・ギルマン/カーラ・ヘイワード/ブルース・ウィルス/エドワード・ノートン

ウェス・アンダーソンの映画には、額縁がある。きれいに飾った外枠がある。
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』も『ライフ・アクアティック』も、飾り枠の中の小さな人たちを覗き込むような映画だ。で、昔友達の家の子供部屋においてあった、ディズニーの木の人形達が行儀よく並んだドールハウスのおもちゃを思い出す。あれがハルヒはいまだに欲しい。奥行きというよりも、断面図のように、一度に全部の部屋が見渡せる。すべての部屋が繋がっている。
今回の話は、そこに、“ノアの方舟”というモチーフが加わった。
神様はあほになった地上の人々をいっかい全部なしにしようと大洪水を起こすことにした。そこで、おりこうなノアにだけそれを告げて、ノアの家族と、地上のすべての動物のおすとめすをそれぞれ一対ずつを積み込む方舟をつくらせた。という、むちゃくちゃ腹の立つ話。
でも、思えば、ウェス・アンダーソンの映画は方舟のようだ。彼の愛するもの、大切にしたいもの、亡くしたくないもの、手を離したくないものを、すべて方舟に積み込んで、大嵐が去るのを待つような。そんな体験だ。
ウェス・アンダーソンによって方舟に積み込まれた登場人物たち。あるものはぽけっと、あるものはにっこり、あるものはふきげんに、あるものはとほうにくれて。おんがくもなにもかもが、すべて彼が失いたくないもので、嵐が来るたびにウェス・アンダーソンは、それらを方舟に積み込んでいく。
そういえば、ハルヒは、こんなにウェス・アンダーソンの映画を好きなはずなのに、映画館でみたのはこれが初めてなのだった。
映画館で観たことがまたすばらしい体験だった。あの大勢の人が、ひとつの部屋の大きな暗がりの中で、映画を見守るようすは、嵐が去り、洪水が引くのを待っている方舟の中の動物達のようじゃないか。
でも、ウェス・アンダーソンの映画の面白さは、外に出る日を待っている人々の描写じゃなくて、嵐に吹きさらされる人々のおもしろさなんだ。で、実際この映画では嵐がくる。
ウェス・アンダーソンの映画でよく使われる、スローモーションで人々が歩き出すシーン。あれって、大風に立ち向かう勇敢なる人々だと思う。あそこが好きだ。そう、ウェス・アンダーソンの映画の中の人たちは、大人であれ、こどもであれ、勇敢だ。児童文学の中の人たちだ。
こどもは、みなしごで、ほんとうのおとうさんになってくれる大人と出会う。
この映画がはじまる前の予告編で、息子とともにまたしても大変な目に遭っていたジョン・マクレーンことブルース.ウィルス。映画泥棒を挟んだだけで、まったくの別人、まるでブルース・ウィルスでもないかのようでハルヒには新鮮だった。おもしろい。
ウェス・アンダーソンの映画ではものすごくよく知った俳優が、まるで知らない初めて見る俳優のように役を演じてるのが面白い。『ライフ・アクアティック』のウィレム・デフォーとか、生まれ直して生き直したようなウィレム・デフォーだった。
ところで宣伝文句の「恋をしに出かけよう! ふたりだけの秘密の場所へ——。」って何? すっごいおせっかい!! 無粋!
 
 
 

『スーパー!』2010 USA
D/W: ジェームズ・ガン A: レイン・ウィルソン/ エレン・ペイジ/ケヴィン・ベーコン

ヒーローなんて、実際いたら、思い込み激しく頭のおかしな、偏執狂にちがいないという視点のヒーロー映画が流行ってたのかな。たまたま『キック・アス』と近い公開だったからそうおもったんだけど、蜘蛛にかまれたり、電気に撃たれたりして体が変異するんじゃなく、人間が、自分は正義のヒーローだと思いこんでるだけのヒーロー。
そもそも、正義のヒーローといっても、ハルヒがそのヒーローにとってどっち側にいるかで、守るべき対象から、成敗するべき対象になってしまうから、おっかない。
この映画のクリムゾンボルトからすれば、ハルヒみたいなうそつきのぐーたらは、嘘をつくな!はたらけ!でレンチで頭を割られてしまう。ただちょっと嘘をついただけなのに!ただちょっと働かなかっただけなのに!
じゃあ、ハルヒが正義のヒーローになったとしたら…とりあえず、いじめをやってる子供の耳元で、その子がもういやだ〜とおもうまでしつこく皮肉を言う。皮肉で人をいやな気持ちにさせるヒーロー。

でも、この映画の後味はすごく不思議だ。クリムゾンボルトが、クリムゾンボルトとなったのは、さえない自分に天が与えてくれた美しい妻が、過去に関係のあった麻薬の売人のヤクザの男に連れ去られたからだけど、さんざんな死闘のすえ、その悪の手から取り返した妻とのなんともいえないその後。
妻もまた、ヒーローの命を受けたひとだったのかもしれない。彼女は彼女のやり方で、人を救う使命に殉じているのかもしれない。
正義のヒーローというのは、認められた権利じゃなくて、殉教者のようなものなのだな。
そこにあるのは信仰だ。信仰のないひとにはただの狂人だ。
 
 
 

『96時間』2008 フランス
D:ピエール・モレル W:リュック・ベッソン/ロバート・マーク・ケイメン A:リーアム・ニーソン/マギー・グレイス

これはお父さんの観た夢だな。オレをないがしろにしやがる妻や娘よ、おまえらなんかこんな目に遭ってしまえ!そしてオレが助けてやる!オレを思い知れ!そういう映画だ。
最初っから、リーアム・ニーソン、娘を観る目つきが気持ち悪くってしかたない。娘の憧れのアイドルも、命の恩人として自分には一目置いてるんだどうだ!ってぜったい妄想だ。やだなあ、こんなおとうさん。娘に悪いことが起こることを常に願ってるような顔だもの。こんなおとうさんに、だまされちゃダメだ、家族!別れて正解。まあ、娘も娘で最悪だけど。この子には人の心が育ってない。友達のこと忘れてるし。この親にしてこの娘だ。まったく。
このとうさん、たぶんこのあとも妻と娘には認めてもらえず、ひとりわびしいバイト生活の中、妄想の中で威厳を見せつけてきたんだろう。『96時間/リベンジ』続編ができた。
 
 
 

『脳男』2013 日本
D: 瀧本智行 W: 真辺克彦/成島出 A:生田斗真/松雪泰子/二階堂ふみ

これもまたヒーローものだった。感情も感覚ももたない子供が、それらを後付けで学習して、ロボットみたいな人間になった。彼の育ての親は、彼に悪の概念を教え込み、悪の処刑人に育て上げた。
どこからが彼にとって処刑に値する悪なのかは、よくわからない。でも、彼の中に判断基準が機械的にインプットされていると言うよりも、結局明らかに彼は自分の意志で悪を探し、悪を消す。
…鉄人28号のように、彼を操縦する「正太郎」がいたら、ハルヒおもしろかったなあ。マツユキヤスコ演じる犯罪者の社会復帰のプログラムを遂行している精神科医が今後そうなるんだろうか。それじゃなんか、恋愛ものみたいでやだな。「正太郎」と組むことで、ほんとに新ダークヒーロー・シリーズ誕生!になりそう。どっちにしろ、今回は、プロローグみたいな感じだった。
イクタトウマって、ハルヒ初めて見た気がした。こんなにきれいな人なんだ。今までも、観てたと思うけど、みたこともなくきれいな人だった。
悪人は、映画では頭のいかれた女の子2人になっていて、かっこよさが追求されていた。この二人がほんとうに悪魔みたいで、というか、ジョーカーで、あ〜カガワテルユキじゃなくてよかったと思った。
もう、女の子たちが悪すぎて非道すぎて、かわいいとかかっこいい通り越して、ほんとこわかった。
で、『黄金を抱いて翔べ』のときもおもったけど、なんか日本の映画の爆破技術がすごいことになってる?? 爆破こわかったよ。俳優さん達大丈夫かなあ。
 
 
 

ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://www.bookman.co.jp/rensai/esp.php?_page=boyslife

 
 
 

–ヒビレポ 2013年2月22日号-

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