イメージの詩 第28回

メタのゲーム性

 
 
えのきどいちろう
(第10号で「活字とラジオ(とテレビ)はこんなに違う」を執筆)
 
 
 

 話はどこまで行ってたっけ。確か読者想定の2層化ってとこだよね。センスが通じる「最初の読者=編集者」と一種の「共犯関係」を結ぶ感じ。で、文章のどっかに「犯人(?)だけにわかる遊び」を設定する。といって、それはお金いただく仕事でもある、というか仕事そのものなのだから、本来の部分はちゃんと成立させる。いや、成立させるだけじゃなくて高水準を目指す。

 これは、本来のルールの上にローカルルールをのっけた遊びですよね。麻雀でいえばサンマ? 麻雀やんないからよくわかんないでたとえてますけど、要はメタのゲーム性を作ることだね。これに邁進するんです。こっそりやってたのはどんな遊びかというと、「打ち合わせのときふっと出た話を混入させる」とか「一般は知らないかもしれないけど、俺らは大好きなアーティストのネタを入れ込む」とか、ま、たわいないもんです。

 今もどうなのかなぁと考えるのは、デスクとか副編とか原稿チェックしてた年上のえらいさん、あれ気づいていたかなという問題だね。気づいてない人もいたけど、大体はもろバレだった気もする。気づいていて、おお、やってるやってる、まぁ、本来の趣旨からハズれてないからいいか、とお目こぼししてもらってたかもなぁ。

 
 
 で、これに邁進してるとですね、びっくりしたことに「読者のうち勘のいい層」が気づきはじめるんですよ。まぁ、「コードのつながってる層」というのか。俺や担当みたいな感覚のヤツが読者にもいる(!)。本格的に読者が2層化をはじめるんですよ。もちろん俺みたいなヤツはそんなに多くない。そんなに多くないんだけど、ちゃんといる。これは嬉しいんだ。更に邁進する。燃えるよ〜、本来の趣旨でも高水準、気づく人だけにわかる遊びでも高水準を目指す。

 やってるうちに気づいたのは、これは吉田拓郎なんだね。本連載の最初の頃、中学生の僕が夢中になったフォークソング(今、通じる言葉で言うとサブカル、ユースカルチャー)の構造。だから拓郎はTVの歌番組に出ないわけですよ。あくまで基本、出ないだけで案外出たりもするんだけどね。で、たまに3曲歌わしてくれるとか、そういう扱いで音楽番組(「セブンスターショー」とか)、レコード大賞授賞式とかTVに出るとするでしょ。あるいはアルバムチャートの上位に食い込んだりする。と、「歌番組のメイン視聴者」である一般にどう映るか。

 で、TVに出ましたよなんて、あとでラジオで言うでしょ。ラジオとコンサートが彼の主戦場だから、つまり今度は「コードを共有してる層」に語りかけるわけだね。ってことはどうなるかというと、先のTVは2層化した視聴者が同じもんを見つめていたことになる。ま、僕らは「拓郎、TVにどんな感じに映るかな」「アガってないかな」「あとでラジオでどんな話するかな」と興味津々なんだね。

 これは2層である必要はなく、重層構造を想定してもいいんだけど、頭のなかも話自体も複雑になる。で、僕はこれを計算してじゃなく、(バカ中学生時代の蓄積によって)感覚的にやった。そうしたらですね、驚いたことにだんだん「遊び部分」のファンが増えて、そっちでやってくれって注文が来るんだ。「えのきどさんらしくやってくれ」。このプロセスは実際は時間がかかってるんだけど、仕組みを言うとそういうことなんだ。

 これは僕の芸風みたいになっていくんだけどね、今、どうしてるかというともっと素直にまっすぐドーンと書いてる気もする。といってギタリストでいう「いちばん好きな手クセ」みたいなやつだから、無意識に出て僕のフレーバーなり、グルーヴなりになってる気もする。

 あ、あと計算してないって言ったけど、狙いとしてわざわざ計算するときもあるか。たとえばね、エッセイだとして、2つテーマを立てるんだね。メインは「池袋演芸場」だとするでしょ。池袋演芸場のあれこれ、噺家さんとか色物の師匠、そのときどきの思い出なんかを心を込めて書く。で、裏テーマを設定するんだ。裏テーマのことを念頭におく。裏テーマは「死」みたいな感じだね。誰かの死に本文中で触れるわけじゃないんだよ。通奏低音っていうとカッコよすぎるけど、その情感は文の全体に(念力で?)込める。

 だから「お前、本当バカだな!」にアイラブユーだって込められるわけでしょ。言葉自体がそういう奥行きを持ったものだ。大体、皆、フツーにそういうことやってる。あ、だけど06年だからずっと後のことになるけど、スカパーで番組やったとき、説明抜きに「だから、これこれが裏テーマなんですよ」とやったら、ディレクターに「何ですか裏テーマって? 聞いてないですよ!」とキレられた(笑)。

 その番組は短期集中企画だったから、スタッフと番組作りの土台を話し合う時間がなかったんだね。だから僕も黙ってやれば混乱なかったんだが、ついいっしょに番組やってる仲間だと思ってクリエイターの言葉で話したんだな。一から説明するのは大変だなと思ってつくづく顔を見ちゃった。気のきいた人だったらディズニーが裏テーマにエロスや死を設定して、夢の世界を作ってるとか、表現についてイメージがあると思って。あ、だから行けると思ったら、僕は放送の仕事でもこの発想を使う。行けないと思ったら、ベタに徹する。

 今週はこのくらいだな。つづきは来週。関係ないけど、向ヶ丘遊園の実家に帰ってるんで、キングジムのPOMERAで書いてるんだよね。んと、ダイエー前のコメダ珈琲。山田本の追い込みの頃、使ってからしばらく放っておいた。来週からこの連載はPOMERAの練習台にしようと決意しました。

 
 
-ヒビレポ 2013年3月3日号-

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