イメージの詩 第30回

ナンちゃん

 
 
えのきどいちろう
(第11号で「いつでも始められて、いつでもやめられる」を執筆)
 
 
 

 時期は正確には前後するんだけど、この頃、僕はナンちゃんに出会った。まだナンシー関という筆名はない。法政大学の学生、関直美さん。ナンちゃんは今、うちの奥さんになってる人(というのも他人行儀だけど)の友達だったんだ。彼女らはマドラ出版が主催した広告学校の同期生だった。最初は大して親しくなかったらしい。が、卒業パーティーだか何だか飲み会みたいなもんがあり、そのとき、「関直美が馬場がどんなにデカイかいっぱい言ってくれて、気に入った気に入った」ということだったらしい。馬場がどんなにデカイかは当時、「たけしのオールナイトニッポン」で人気だったネタで「(ジャイアント)馬場はデカイから飛行機の翼に両手をのせる形でひとりしか乗れない」「デケー!」みたいなパターン。関直美はねだる度にこれのオリジナルを50個くらい繰り出したらしい。

 そりゃ誰だって気に入る。すっかり仲良くなって、広告学校が終わってもあれこれつき合っていた。どうもカードゲームのUNOがその頃、流行ったらしくてめっちゃやり込んで、その勢いを駆ってメーカー主催の全日本大会に皆で出場したようだ。会場は新宿NSビル。決勝はステージに4人上げられて、吉田照美さんが実況というかMCをして勝負を決める。その大会で優勝したのがうちの奥さん。2位も一緒の友達で、関直美さんは3位だった。

 
 

 で、アレです、僕は千歳船橋在住のフリーライターなんですけど、ゲーム好きだったんだね。知ってる人に「友達がUNOの日本チャンピオンになった」と聞いて紹介してもらう。それで、まぁ後に奥さんになる人と知り合うんだ。知り合った頃、よく「関直美がね…」と話に出てきた。何故か彼女は関さんを必ずフルネームで呼んでいた。ある日、彼女が自分の手帳を見せて「関直美は消しゴムのハンコ彫るの上手なんだよ。すっげぇいいでしょ」と言った。手帳の後ろのほうのページに「花登筺の丁稚シリーズ」や「登山する浩宮さま」といった消しゴムのスタンプが押してある。センスあるなぁと思った。あと、似顔が描けるなと思った。「うん、この人はプロになれるね」。そう答えたのだ。

 それからしばらくして『週刊プレイボーイ』だったと思うけど、イラストレーターの決まらない仕事があった。ちょっとひらめいて担当編集者に「有名じゃない人だけどいいすか?」と念を押す。で、彼女に電話して「こないだ見せてもらった関さんって人に仕事頼みたいんだけど、連絡先教えて」とお願いする。連絡はすぐとれて、僕らは編プロのあった高田馬場のBIGBOX前で待ち合わせた。待ち合わせの目印は「僕、日ハムの帽子かぶってるからすぐにわかりますよ」。当時はオレンジ色のベースボールキャップだね。

 初めて会ったナンちゃんは何をさせられるのか、ちょっと戸惑ってる風だった。けれどノリは悪くない。事態を面白がってる感じもある。事務所へ来てもらって、まず消しゴムハンコの実物を見る。すごかった。これは面白い。出身地の青森の女子高で、友達にせがまれて「TWIST」(世良公則&ツイスト)だか何だかのロゴを彫ったのが最初らしい。ナンちゃんには「女子高の人気者」っぽい、人がなついてしまう雰囲気があった。実際、事務所の押切君や大場君がもうハンコを押してもらう順番を待っている。僕は例の『週刊プレイボーイ』(だったと思う)の仕事を頼んだ。ナンちゃんの反応は「えー、こんなんで仕事していいんでしょうか」。

 それから僕はじゃんじゃんナンちゃんちへ電話するようにした。このちょっと奥手っぽい女の子を調子づかせたい。前へ出るように励ましたい。仕事がきつくてくたびれてるときも、ちょっと電話して雑誌の現場のことを伝えた。僕のメッセージはとにかく「ナンちゃん、とにかくあんたイケルぞ!」。そうしたら話し込むうち、この人はもんのすっごい埋蔵量があると仰天した。即座に「あんた、俺のテレビの先生になってくれ!」と頼む。つまり、最初からほぼ完成形だったんだ。僕の興奮がわかるでしょ。後に本になったようなのが電話口の向こうから聞こえてくるんだよ。

 とりあえずイタストレーターっぽい名前を考えようってことになって、こういうのは名づけ親が大事じゃないかと思った。で、押切伸一が当時、出入りしてた『ホットドッグプレス』に伊藤正幸という編集者がいて、彼がずば抜けた才能で評判だったんだ。スタンダップコミックのパフォーマンスをやっていて、そのときは「いとうせいこう」という芸名になる。伊藤さんがいいなと思う。まだ僕はいとう君と面識がなかった。

 押切君にダンドリを頼んで、一度、事務所に会いに来てもらった。既に消しゴムハンコの作品見本は見せていて、すごい好感触とのことだった。
 「伊藤さん、関さんにイラストレーターっぽい名前つけたいんだけど、何かないですかね?」
 「イラストレーターっぽい名前かぁ」
 「はい、ペーター佐藤みたいな…」
 「ナンシー関とかですか」
 はい、それいただき。たぶんいとう君は直美の「な」の音からパッとナンシーが出たんじゃないか。その夜、僕は笑いをこらえながら電話した。「もしもし、君は今日からナンシー関になった」。ナンちゃんの反応はもちろん「えーっ」だよ。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2013年3月17日号-

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