イメージの詩 最終回

現物ライター制

 
 
えのきどいちろう
(第11号で「いつでも始められて、いつでもやめられる」を執筆)
 
 
 

 季刊レポ本誌(通巻11号)の「特集ライター」面白いなぁ。これは本当に杉江松恋さんのおかげだね。特集組むきっかけになったヒビレポ連載「実券でヨロシク!」も示唆に富んでいたけれど、今回書いた「ライター=プレーヤー」論(とくくっていいかどうかわからないが、僕の言葉に翻訳するとそうなる)も秀逸。一読して自分はラジオをやってきてよかったなぁと思う。ラジオの遊び方、リスナーとオンタイムで遊びをシェアする感覚、プロアマ問わず他のプレーヤーと場を展開させてくような感覚はどえりゃー大切になる。これは山田うどんやって実感したことでもある。あとレポTVの収録で東良美季さんと会った。これは大収穫。東良さんどんどんひっぱり込みたいね。

 で、「イメージの詩」も今クールの最終回だ。大体、20代後半のあたりですなぁ。ちょうど「ライター=プレーヤー」的なバカ活動の話がある。んーと、僕は連載が増えてきてウヒャウヒャ状態だったんですね。連載は書くのが楽しい。もう、毎日書いてもいい。てか、フリーライター業の下手さと比べると連載モノは俺の天職かと思うほど生き生き書いている。

 
 
 これは増やす一手だと思った。で、あのね、甲斐バンド事務所に佐々木徹って人がいたんだけど、この佐々木君がすごいツテを見つけてきたんだ。佐々木君はTシャツもドサッとくれるし、ホントにいい人だった。それが全国のタウン誌連合みたいな寄り合いでさ、佐々木君は「タウン誌のNWA(プロレス団体のことです)を発見しましたよ」と言う。

 だからね、売り出しのライターは東京の出版社、雑誌社で仕事がつながっていくだけじゃなくて、全国のタウン誌でも仕事を増やしていくんだ。これは共同通信とかの新聞連載と違って、同じ記事をいっぺんに載せるやり方じゃない。やり方はフツーの雑誌と同じ。ま、だからNWA会長が判断するんじゃなくて、個々のタウン誌の編集長さんが僕の連載欲しいと思ったら声かけてもらえるようにダンドッた。そうしたら高知の『シティ情報こうち』、徳島の『あわわ』、浜松の『タウン情報はままつ』、いわきの『タウンマガジンいわき』なんかが最初に手を挙げてくれた。

 先方は「ホントにいいんですか?」とか言うんだね。「原稿料1ページ2千円ですよ」みたいな感じ。いやいや、こっちが書きたいんだね。それぞれきっちり書き分けたい。で、謝礼に関して思いついたのが「現物ライター制」という仕組み。あ、だから毎月のお金は編集部でプールしてもらうんだね。お金では受け取らない。で、編集長さんが「けっこう貯まったな」と思ったときに、何か土地の名産を送ったもらう。だから、ある日突然、高知からかつおのたたきが届く。これは100パー旨い。旨いどころの騒ぎじゃない。金額以上のパンチ力があるでしょう。しかもサプライズ形式だから喜びもひとしお。

 原稿の対価はお金でなくったっていいじゃないか。現物支給のほうが嬉しい場合もある。僕はこの時期、体力の限界に挑戦する。フリーランスの仕事は印税みたいな不労所得がなければ、要するに体力の限界が収入の天井だ。えーと、こういうことで連載誌35本というところまで増やしたんですよ。単純計算で毎日1本より多い。そのなかには週刊誌、隔週誌もあるから月に50本くらい書く感じだ。で、まだこの時代は男性誌特集記事のフリーライター業も並行してやってるから、もうマジでくたくただった。くたくたになって、あぁ、俺やってるなぁって充実感がある。

 この体力・知力を総動員するやつは20代でやっといてよかったと思うよ。総動員癖がつくんだね。総動員のほうが楽しいとさえ感じる。あれやっとかなかったら30代の文化放送朝ワイドも、40代のスカパー・ワールドカップ番組も総動員できなかった。総動員はエネルギーを出しきって、限界を超えたところからやっと見える世界があるんだ。

 空いた時間ができるとよく小学館へ行って「仮眠室でちょっと寝かしてください」とたのんだ。それでも1年以上は粘ってたんだよ。疲労が蓄積して、夜中に頭がくらくらする感じになって、それでも気にしないで働いてたら、ある日、部屋全体がぐるぐるまわってるようなめまいに襲われた。そのときは家へ帰ってて、もう寝るだけだったから、ぐるぐるしてるなかでビールケースのベッドに倒れて、心細くて身体を丸めていた。で、寝て起きたら復活していた。だけど、その次、出先でぐるぐるしたときは救急車呼んでもらった。まぁ、点滴打っただけだけど。救急車で運ばれながら、あぁ、ここが俺の体力の天井なんだな、これ以上は無理なんだなと思った。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2013年3月31日号-

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