白と黒の報告書 第2回

記録と記憶(前編)

木村カナ(レポ編集スタッフ)

上野動物園にはじめて行った日のこと、生きて動いている本物のジャイアントパンダを最初に見た日のことを、ほとんど覚えていない。

その日の出来事として思い出せるのは、宇都宮から上野に向かう電車が急に止まってしまったことだ。いつまでも動く気配のない電車を降りて、古河駅から新古河駅まで歩いていき、別の電車に乗って(つまり、国鉄の東北線から東武日光線に乗り換えて)、やっと上野動物園に行くことができたのだった。

その後に続くはずの、上野動物園でパンダを見て、どうだったのか、何を感じたのか、そういう肝心なところが、記憶からすっかり抜け落ちてしまっているのだけれど、その日の写真だったら、今でも手元にある。

赤いジャンパーを着た子どもがわたし。赤いジャンパーを着た子どもがわたし。

この見学路の奥で、1972年に来日したカンカンとランランを、わたしは見ているはず。

母に電話してたずねてみたところ、家族で上野動物園に行ったのは、1979年の春休み、たしか3月の29日か30日だった、カンカンとランランの2頭とも見たわよ、でも、人が多くって、本当にちらっとしか見られなかったんだよねえ、とのこと。その日に見たパンダのことはすっかり忘れてしまっているのに、ランランが死んじゃったってテレビで言ってる、と落胆したことは覚えている。ランランが死亡したのが1979年9月4日、そうか、半年前に実物を見ていたから、悲しさもひとしおだったのか――それにしてもまさか、それから34年後に、毎週、上野動物園にパンダを見に行くようになる、なんて、ねえ。

2013年3月31日日曜日、さすがの上野も花冷えの寒さで人が少ないかも、なんて思いながら、昼過ぎに出かけたところ、甘かった、しっかりといつもの休日の人出であった。厚着をしていったつもりなのに、それでも寒かった! お花見を敢行している老若男女を尊敬したくなるほどの寒さであったよ。

現在のパンダ舎の入口。現在のパンダ舎の入口。

パンダ舎の警備員さんや総合案内所のおねえさんたちに、前掲の1979年3月の写真を見せて、この写真に写ってる場所が、現在だとどのあたりになるのか、わかるかどうか聞いてみたけれど、はっきりしたことは誰も知らなかった。

2013-03-31 シンシン2013-03-31 リーリー屋外放飼場でもりもりと竹を食べているシンシンとリーリー。
リーリーのいる屋外放飼場Bの地面には桜の花びらが。

おや、リーリーは早くもお昼寝タイムですか。

後ろから見ると飲んだくれて酔い潰れたおっさんにしか見えない。後ろから見ると飲んだくれて酔い潰れたおっさんにしか見えない。
でも横から見るとなんだかかわいいぞ。でも横から見るとなんだかかわいいぞ。

さて、1979年からもう1枚、こちらはサル山の前で撮影された写真。

妹と母とわたし。妹と母とわたし。
ちなみにいずれの写真も撮影者は父である。

サル山はほとんど変わってないんだな、と思ったら、こんな掲示が。

「サル山のルーツは上野
上野動物園のサル山は1931年(昭和6年)に完成した園内で最も古い施設の1つです。このサル山は、各地の動物園でつくられたサル山のモデルになっています。」

2013年現在のサル山は……

2013-03-31 サル山34年前の春、4歳のわたしが、この場所にいた。
両親と妹といっしょに。

この2枚以外に、西園とおぼしき場所で、わたしが得意げな顔でポニーに乗っている写真もある(ポニー乗馬体験は現在の上野動物園にはないアトラクション!)。パンダを見て、ニホンザルを見て、ポニーに乗って、日帰り家族旅行を大いに満喫した、と、写真から推測することはできるのだけれども、思い出そうとしても、具体的には何一つ思い出せないので、あった。

2013-03-31 恐怖奇形パンダ上野の空にパンダの生首が浮かんでいた。
松坂屋のアドバルーン。

※阿佐ヶ谷駅北口の「古書 コンコ堂」でたまに店番をしています。
http://konkodo.com/
インタビューで参加したファンジン『大島弓子の話をしよう』も売っています。
http://blog.livedoor.jp/yumin_talking/

-ヒビレポ 2013年4月11日号-

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